この世は全て愛で出来ていることを思い知った日、のお話。
「愛とはなんぞや」というのは、人生における命題の一つかなと思っているのですが「あれも、これも、それも愛だったのか!」と思い知ったというか、思い至った時のことを書いてみます。
2006年ごろのことです。NLPという心理学に関するワークショップの帰り道で、不意に幽体離脱してしまったんです。後にも先にも、幽体離脱なんていう経験をしたのは、あれが最初で最後です。忘れもしない、新宿から中央線に乗っていた時のことでした。
そのワークショップは、右脳と左脳をごちゃごちゃに使うというか、頭の中をミキサーでかき回されたような状態になるというか、通常の脳が処理できること以上のことをさせられるような内容でした。おかげで脳も身体も疲労困憊で、帰りの電車の中で運良く空席を見つけた途端、吸い込まれるように座りました。
次の瞬間には、もう浮いてました。はるか高く、新宿の夜景を真上から眺めてました。
幽体離脱してるんだ、ということに気がついたものの、驚きよりも、めちゃめちゃネオンが眩しかったことの方に衝撃を受けていました。光の束が脳に直接グサグサと刺さるような感じといったら伝わるでしょうか。その時にふと「これが私の愛だ」という言葉がよぎりました。
新宿のネオンに愛を感じるのは私くらいじゃないかと、後で冷静になった時に思いましたが(笑)、その時はただただ、愛の大きさに圧倒されたんです。
新宿のネオンは「私を見てくれ、愛してくれ」という愛の欠乏が表現されたものでした。電車は「もっと早く、たくさんの人が楽に移動できるように」という愛が実体化したものであり、乱立しているようにさえ見えるビル郡は「安心して、この中に居たら安全だから、この中で過ごして」という愛でした。他にも、たくさんのものが、誰かから誰かに向けた「愛」でできていました。
世界の全てが「愛」からできていたんです。
そのことに思い至って、空中に浮遊していた私はゆっくりと電車の中の自分の身体に戻っていきました。
電車は飯田橋駅に停車中でした。慌てて電車を降りて、でもそこから一歩も動けずにうずくまりました。何人かが「大丈夫ですか?」と声をかけてくれたんですが、頷くだけで返事ができませんでした。
それもそうです、あらゆる感情が溢れてきていて、涙腺が決壊したのかな、というほどに涙がひっきりなしに流れて、声を押し殺すことでしか対処できませんでした。本当は大声で泣きたかった。「あなたの愛に気が付かなくてごめんね、こんなに愛されていたのに愛されていない振りしてきてごめんね」と、謝りたかった。
たくさんの愛を垣間見て溢れてきたのは、この世界は誰かの愛で出来上がっているということと、これまでの自分の傲慢さ、無知だったことへの謝罪でした。
誰に対しての謝罪なのか、というのはわかりません。何しろ、謝りたかった。ないがしろにしてきたことを許してほしかった。その相手というのは、自分自身であり、インナーチャイルドであり、ハイヤーセルフに対してなのかなと、今は思います。
この世界は全て、自分の想いが作り出した世界です。それぞれが、それぞれの生きる世界を作り出しています。そんな自分本位の世界の中で、愛を受け取るも受け取らないも、自分次第です。
私は、こんなに愛が表現されていたのに、何一つ受け取ろうとしませんでした。そんなの当たり前だろうと感謝もせずに貪っていました。そのことに思い至ったから、謝りたくなったんだと思います。
その後、ほどなくして「奇跡のコース」のことを知り、どっぷりと宇宙の法則に浸かって、今に至ります。
あれから10年以上が経ちました。個人的には、人間関係での試練を乗り越えたりなど、色々ありましたが、今は穏やかに過ごしています。自分がやりたいことをやりたいようにできているので、大変ですが楽しい毎日です。
この日々の最初の地点は、あの幽体離脱をした日であることは間違いありません。それまでもスピリチュアリティなどについては学んでいましたが、そういう意味で、あの日が私にとっての「最初の日」になるんだろうな、と思います。
そんなわけで、今でも愛について日々勉強中です。
同じように学んでいる方たちの助けとなれるよう、私の愛を表現していきたいと思います。
※この記事は別名義で書いたものを、再編集し転載したものです。
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