なぜINFJは正しいだけなのか
みんな性格分析飽きてるよね。
私もそう思う。
MBTIもエニアグラムも元をたどれば自分の無意識、人によっては嫌な部分に目を向けるためのツールであること。
そこまでまじめにやってないよって人のほうが多いと思うけど、きちんと理論を追いかけて一通りの話ができるようになった自分からしても若干飽きがある。
なんでって無意識な部分や嫌な部分は結局変えようがないからだ。まるでトラックが突っ込んでくるときに突っ込んでくることが認識できるからといってだからなんだと言って撥ねられて異世界転生してしまう。加えて言えばいったい誰が、今日この道を歩けばトラックが突っ込んできて死ぬかもななんて考えて過ごすだろうか?つまり、しいて言えば撥ねられたあとに「あーこの道よく通るから、まあしょうがないか」と言って諦めがつくくらい。
では本題。
INFJは全人口の1~2%でなにやら聖人のそれとして描かれることが多いように思う。迷惑な話だ。
心理機能にNi>Fe>Ti>Seを持つ。
Niが優位でSeが劣等だと何が起こるかといえば、受信した電波は本質的には正しいのにそれを発信する際に壊滅的なまでに詰めが甘く、実際の場面に至るころには歯車が食い違っているといったことが起こる。それはまだいい。
思うにINFJの急所はFeがTiに優越している点。どうしてかといえば「みんなのための正しさ」がそこに再現されるから。
基本的に過度に「いい子」であろうとするものの、自分を含めた誰一人としてそのことに納得していないということに、これまた自分を含めた誰一人として気づくことがない。はっきり言ってしまえば「偽物のいい子」であるし、それが偽物であるとはだれも気付くことはない。「いい子なんだけどね・・・」という含みが入ること請け合いである。
そしてそれによって本当は小さくないけど無視されるFiが存在する。言い方を替えれば「自分の気持ちなんて理想のためなら燃やしちゃっていいよね」をやりだす。全然耐えきれてないのに、なぜか不思議と痛みは感じないのだ。
何のために誰のために何をしていたのか。すぐに忘れてしまう。
遺るのはただ抽象のみで誰にも受け取られることのない。
しかし私はこの手の振り方も足の延ばし方も満足に知らない。