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秘密基地

だだっ広い校舎の横の体育館と塀の間にはひとつ、ぽかんと寂れた車庫のようなものが放置されていた。
錆びかけたトタン板で作られただけのその空間。地面は隅に雑草の生えた、不恰好なブロックだ。

そこが心地良さそうな巣だと知ったのは、つい数日前のことだった。

「黙っててね」
「え?」
「ここのこと」

カップの中のティーバッグを揺らして、この巣の主が湯気の立つ薄い紅茶をすする。雨がトタン板を打つ音が、ぱちぱちと響いている。

「うん」
うちつけに返事して、私もティーバッグを少し揺らした。でもなんとなく、邪魔者扱いがつっかえて、
「また来ていいなら」と、口走った。

あいつは少しめんどくさそうな顔をして、うん、ともえぇ、ともつかないが、まぁ肯定らしいような返事をした。

なるほどな。ここはこいつの胎内なんだ。そう思うとそこに迷い込んだ自分も、なかなか鼻が効くじゃないか。なんだか勝手に頬が緩むので、マグカップを口に近づけてにやついてしまう。

「他にも誰か入れてるの?」
私はなんてつまらないことを聞くんだろう。
「いれないよ」
あいつはコンロで何かしながら、呟くように返事した。
「入れない」
ごくんと喉が鳴りそうだった。
なんで、と聞こうか。そんな野暮な気持ちが、少しだけ首をもたげる。

その瞬間、新しい鉄のカップが、心地よい音を立てて机の上に降り立った。

「こっちの茶葉はちょっと高いんだけど……口止め料。」

へぇ、この人笑うんだ。

数日後、私は自分の机の中から読みかけの『夜間飛行』が消えていることにふと気づいた。どう考えても、心当たりはひとつだけ。上履きをくるりと回転させて、放課後でもないのに「巣」に向かう。
なんとも言えぬ申し訳なさが湧き上がっていた。あいつの胎内なのになぁ。本を置いてきてしまうなんて失態だ。

いったいいつ授業にでているのか、休み時間も当たり前の顔をして彼は巣の中におさまっていた。

「あぁ、忘れ物ね」

滑らかな、透き通るような手が奥をゆるりと指差す。
見ると、奥の壁掛け棚に、『夜間飛行』が立てかけてあった。その光景が思ったよりもしっくりきていて、なんとなく可笑しくて笑ってしまう。
「置いていっていい?」
気まぐれで聞いてみると、意外にもあいつはあっさり頷く。
この人の中に私の居場所ができた、と思って、私はこっそりニヤついた。

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