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無題

やっぱり日本人だから、心のどこかでこの国のことを信じていたんだ、この国を愛したいと思ってたんだ、って、速報を見た瞬間にそう思った。

同性婚の否定に対して札幌地裁が違憲判決。

もちろん地裁の判断なので、異性婚と同じように同性婚が認められるまでの道のりはきっと長い。でももう手が震えちゃって、仕事終わったらワインなんか買っちゃって、判決文全部読んで泣いて、とっさに一番近しくて、レインボープライドでもよく会っていた相手に連絡した。

「さすが法学部だね。ねぇこれってこれからどうなるのかな。まだまだ長い道のりだけど、いつか実現するといいな」

それがその人の返事だった。そりゃ、仕事終わりに祝杯1人であげながら判決文全文読むとかは法学部出身で、しかも変な憲法ゼミにいたからすることかもしれない。でもね、でも私が手が震えるほど、判決読みながら泣いちゃうほどこの判断に強い思いを持っているのは、あなたみたいな私の大事な大好きな人たちが、みんな自分の大事な人と堂々と一生暮らせるようになってほしいからだよ。自分で作る家族を一生社会に認められないとか、そんな思いをしてほしくないからだよ。教科書にも辞書にも載ってない存在にしたくないからだよ。

あなたが私に教えてくれた時の戸惑うような探るような視線や、いきなり流した、ガラでもない嘘みたいに無色透明の涙や、喉の奥から床にぼとりと転がした、鉛の粒みたいな重さの「ごめん」を拾えばいいのか捨てればいいのかわからずにどうすることもできなかった自分の無力感や、どんな顔すれば一番あなたの心が安らぐのかわからなくて不器用な粘土細工みたいな顔のまま目を合わせることができなかった深い後悔が、「いつか実現するといいな」っていう一縷の希望の言葉に変わって、それだけでもこの国で生きていくよすがになるのだ。あなたがしたような思いをもう二度と誰もしなくていいような、大事な人がいるっていう祝福すべきことをひた隠しになんかしなくていいような、大事な人とは誰だって堂々と手を繋いで一緒のお墓にも入れちゃうような、そんな世の中になるんじゃないかって思えたから、だからこんなに騒いでるんだ。

それとこれはある意味ちょっとずるい、私の罪滅ぼしでもある。というのも、こんなに熱心にこの手のニュースを拡散したり、騒いだりすると「もしかして君も同性愛者なの?」と聞かれることがある。そうだとしてもそうじゃないにしてもなぜあなたに言わなきゃいけないの?そしてもしそうだったら何?なんて言いたくなるからこの場じゃあえて言わないが、普通にさ、Marriage for all って言葉が示す通り誰かは結婚できて誰かはできないのおかしいじゃん。私はたまたま異性を愛せるから今マジョリティ側にいることもできる。それだけの話だ。ただの棚ぼたでもらってる特権でしかない。これを読んでいる誰だって今後世界のだれに心惹かれるかわからないのに、例えば、たまたま今のところ自分は異性愛者らしく、それが世界の「主流」らしいって場合は、それに乗っかっていられるだけじゃないか。

考えてみれば誰だって何らかのマイノリティの要素がある。そして自分からは見えないものを(時には無意識下にでも)無いと思い込んでいる。私はすごく尊敬してた人や、本当に心から仲良くしている友人や、交際相手にだって、目の前で友人の属性を侮辱されたことも、自分の属性を蔑まれたこともある。自分だって人を差別してしまったと気付くこともあるし、きっと気づいていないうちにしている。差別は大半が意図的に意図的にするものじゃない。社会に刷り込まれてきた根深いものだ。判決文に引かれていた調査で明らかに、同性愛を異常と教え込まれてきた年代による同性婚への反対が多かったように。目の見えない人でも、話し方や立ち振る舞いで人種を想像するというように。でもだからこそ、きっといつもいつもいつも意識してなきゃいけないし、逆にそういう刷り込みで差別が生まれるという事実こそが、今後それを人の力で変えていける証明にだってなる。と思う。

光は無色透明に見えるけど本当はいろんな色が含まれている。そんな意味で虹のモチーフが好きだ。

早く早く、いろんな形で誰かを大事だと思う全ての人の想いが否定されない世界になってくれ、というかするんだ、我々みんなで。

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