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レディ・ジョーカーに祝杯を捧げよ㊿

 ロンドン塔に入り、長い廊下を進んでいると、隣で義父が「まだ市民は不安がっていますが、すぐに新しい女王の即位を歓迎するでしょう」と言った。わたくしはそれには答えず、足早に廊下を進んで行った。
 翌日に、戴冠式のための王冠が届けられた。頭に載せて確認していると、義父から「ギルフォートの王冠も急いで作らせましょう、おひとりでは何かと心細いでしょうから」と言われた。わたくしは瞬時に、これが狙いだったのかと悟った。ギルフォートが女王の次に実権を握る人物になれば、義父はイングランドを思いのまま動かすに違いない。もともと、傀儡にしやすい人物を祭り上げて、自分たちが実権を握るのが目的だったのだろう。わたくしなら操れるとでも思ったのだろうが、そうはいかせまい。わたくしは女王になったのだ、この国をより良くするために導いていかなければならない。
「必要ありません。」
 わたくしは毅然と断った。義父は一瞬、何を言われたのか分からなかったのか「え?」と言った。
「新しい王冠を作る必要はないと言ったのです。この話は終わりです。下がりなさい。」
 義父は慌てて部屋を出て行った。おそらく今ごろ、顔を真っ赤にして怒っているだろう。義父の愚かな考えを知り、何もしないとでも思ったのか。わたくしは笑い出したいのを必死にこらえた。なんだか、ひどく愉快な気分だ。

 わたくしが執務室の椅子に座ると、すかさず大量の書類が置かれ、あっという間に山になった。
「こちらは?」
「目を通していただきたい書類でございます。あと一時間後に枢密院が開かれます。それまでに、すべてに目を通してください。」
 書類を持ってきた男が、早口で説明する。後では、別の男が大量の書類を抱えて歩いてきた。
「前国王様が亡くなり、執務が滞っておりますゆえ、書類に目を通し枢密院に出席なさったあと、今持ってきた書類へサインをお願いいたします。時間になりましたらお呼びしますので。」
 そう言って去っていく男たちを、わたくしは呆然と見ていた。しかし、目の前にある書類が目に入り、慌てて目を通すのだった。

 結局、1時間では目の前の書類すべてに目を通すことは出来ず、枢密院で話されていた内容のいくつかは理解が出来なかった。朝の枢密院は終わったので、次は昼過ぎの枢密院に備え、報告書に目を通したあと、先ほどの書類の続きを読まなくてはならない。
「どうしようかしら。枢密院の準備をしていたら、頼まれていた書類のサインが出来ないわ。」
 困ったように呟くと、お茶を持ってきた侍従が「本日中にサインした書類を頂かないと困ると、文官が申しております」と言った。
「でも、どうしたらいいのかしら。わたくし、枢密院のことで手一杯なのよ。」
 そう言うと、侍従はそんなことも分からないのかと呆れたように言った。
「ゆっくりと食事をしている時間はないようなので、簡単なものを用意させます。書類のサインを書き終われないようでしたら、寝る時間を削るしかありませんね。」
 そう言って、わたくしの前に書類を置いた。
「何をのんびりなさっているのですか?前国王陛下は、体調の悪いときでも今の女王陛下よりもお早く仕事を片付けていましたよ。少しでも早く目を通さないと、次の枢密院に間に合いません。ただでさえ、前国王陛下が亡くなって混乱しているのですから、一刻も早く国を纏めてくださらないと困ります。」
 わたくしは、必死で目の前の書類に目を通した。甘いことは言っていられないのだと、嫌でも分かった。わたくしはイングランドの女王なのだ。ロンドンで出迎えてくれた市民たちの冷たい視線にさらされたが、まだ年若い自分には一刻も早く結果を出して納得させるしかないのだろう。今まで自分に教育を施してくれた教師や、才能を高く評価してくれたキャサリンのためにも力を尽くさなくてはならない。この国の女王として、誰もが憧れるアーサー王にはなれなくとも、せめて人々から愛される女王になりたいと思った。
 その日から、まともに食べることも寝ることも許されず、広くて高価な調度品に囲まれた執務室で、ひたすら書類だけを見ている生活が始まった。

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