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輪舞曲 ~ブロンド③~

 私は、驚きのあまり動けなくなりました。しかし、我に返って、少女のもとへ近づこうとしたのですが、そのとき既に少女の姿はなかったのです。
 私は、暫し呆然とその場に立ち尽くしました。普通に考えますと、あの場所に誰かがいるというのはとても考えられないことです。私はしばらく2階の窓を見ていましたが、少女の姿が見えることはありませんでした。他に誰か少女の姿を見た人はいないかと、屋敷の周りを探し回りました。
 偶然、庭師の老人がいたので今起こったことを話すと、怪訝な顔をされました。私はどうしても2階の部屋を見たいと言いましたが、男は顔を横に振るばかりでした。
 私は、話にならないと庭師の男を振り切って走り出しました。そして、庭の奥にある小さな古い納屋に入ったのです。そこは庭師の男が使っている納屋で、何か細々とした道具が置いてあることを知っていました。その場所で木でできた梯子を見つけたのです。もう何年も使っていない、古くて壊れそうな梯子でした。後からやってきた庭師の男が止めるのも聞かず、私は一人で梯子を運びました。梯子を運んでいるあいだ、庭師の男は怪我をしたら自分のせいになってしまうからと必死で止めてきました。仕方がないので、私が怪我をしても彼を一切咎めないと約束しました。男はなおも渋り、屋敷から執事を連れてきました。執事は梯子を上ろうとする私を強く止めましたが、私が耳を貸さずに梯子を登ったため、青い顔をしながら庭師と共に下で梯子を支えてくれました。
 木が腐っているせいか、足をかけると、踏みざんは曲がってしまいました。進むたびにギシギシと音を立てる梯子を昇るのは、正直とても怖かったのですが、今を逃すとあの少女には会えないだろうという直感がありました。私は急いで、でも慎重に梯子を昇っていきました。
 何とか2階の部屋が見えるところまで昇ると、私は窓の外から中を覗きました。ーー驚きました。窓の奥は部屋でしたが、まるで何十年も前から時が止まったままのような光景が広がっていたのです。調度品は貴族が使っているものに比べたら粗末で、今はあまり使われていないものばかりでした。また壁側には大きな棚があり、日用品が並べられていました。棚の近くにある小さなテーブルには、表紙が色褪せている本が重ねて置いてありました。椅子の背もたれには、誰かの色褪せた服が無造作にかけられたままになっていました。
 部屋の中はあまり広くありませんでした。今、私たちがいるこの部屋の半分もあるかどうかという広さです。部屋の中を一通り見ましたが、すぐに見渡せる広さでした。しかし、部屋のどこにもあの少女はいませんでした。
 もっとよく見ようと顔を近づけたとき、執事の悲鳴が聞こえ、足を置いていた踏みざんが音を立てて折れてしまいました。私は咄嗟に支柱を強く握ったので下まで落ちることはありませんでしたが、そのまま何段かの踏みざんが折れてしまったのです。私は、まずいと思って急いで梯子を降りました。
 あとで知ったことですが、梯子の踏みざんは一度昇り降りしただけで折れてしまっているものもあり、あの日に怪我をすることがなかっただけでも運が良かったのでしょう。そのあと執事には長い時間説教をされました。話を聞いている間にも、私はもう一度あの少女に会いたいとばかり思っていました。次の日、新しい梯子を注文したことが執事にばれてしまい、また長く説教されたのです。

 それにしても不思議な少女でした。一瞬見ただけですが、あの美しい儚げな雰囲気が忘れられません。メイドの子供か、近所の子供がいたずらで入り込んでいるのかと思いましたが、それにしても印象的な子供でした。屋敷を去る時まで何度もあの窓辺を見ましたが、それ以来、一度も少女の姿を見ることはありませんでした。

 私はパリに戻ってからも、あの少女のことが忘れられませんでした。できることなら私の近くにいて欲しい、成長を見守りたいと思うのです。
 しかし、そんなことを言う私を、執事や周りの人間は気味が悪く思ったようで、見間違えただとか、屋敷にいる幽霊に呪われたんじゃないかという人まで出てきました。いいえ、私は確かにあの日少女を見ました。そして私が気になるのなら、知る権利があるはずです。何故なら、屋敷の所有者は私なのですから。
 ムッシュ、どうかあの少女のことを調べていただけないでしょうか。しばらく手を尽くして調べたのですが、まったく分からないのです。偶然、知り合いからあなたの話を聞いてすぐに連絡を取りました。あなたほどの適任はいないと思います。どうかよろしくお願いします。

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