レディ・ジョーカーに祝杯を捧げよ㊽
自分の人生は間違った選択の連続だったが、一番間違いだった選択といえば、それは結婚だと断言できる。
キャサリンの死後に実家へ戻った自分に、両親はエドワード6世との結婚を進めようとした。しかし、有力な後ろ盾となるはずだったキャサリンの夫であるトマスが失脚し、結婚の話を進めることが出来なくなってしまった。
その頃のエドワード6世は体調不良で、もう長く生きられないということは誰もが知っていた。両親は出来るだけ条件の良い縁談を結ぶために奔走した。最初に結婚の話がすすめられたのは素敵な青年で、結婚できる日を楽しみにしていた。しかし、いつしかその話は無くなり、別の青年が結婚相手として紹介された。
初めて結婚相手の名を聞いた時、わたくしは両親の前で「嫌です!絶対に嫌!」と叫んだ。そのように反抗することは初めてのことで、両親は驚いて固まっていたが、すぐに母がわたくしの頬を強く打ち、「もう決まったことなのです。諦めなさい!」と叱責した。結婚相手は、宮中で最も権力を握っている男である、ノーサンバランド公爵ジョン・ダドリーの息子であるギルフォートだった。当時17歳だったのにもかかわらず酒癖が悪く、賭け事に興じ、多くの女性との関係が噂になる青年だった。女性を見れば見境なく手を出し、都合が悪いことはすべて父親の権力でもみ消してもらう青年のことを、わたくしは好きになれそうもなかった。
「あなたはギルフォート様と結婚するのではなく、ノーサンバランド公爵の義娘になるために結婚するのです」
嫌がるわたくしに母は言い放ち、決まったことにいつまでもくよくよするなと言った。わたくしは諦めきれず、自分の部屋で祈り続け、食事も喉を通らないほど思いつめた。この結婚には不幸な予感しかしない。いっそ、死んでしまった方が楽なのではないかと思った。
そのようなわたくしの姿に両親は焦ったのか、ギルフォートとの結婚は不自然なほど早く進められた。初めてギルフォートと顔を合わせた時、彼はわたくしをじろじろと舐めるように見たあと、にやりと笑って「悪くない」と言った。その言葉に嫌悪感しか感じず、浮かない表情を見せたわたくしをギルフォートの母は気に入らなかったようだ。結婚する前までは黙っていたものの、結婚した途端に、「女は男に従順であればよい」「多少の遊びには目をつむらなければ」などと口うるさく言うようになった。
最後までギルフォートとの結婚には抵抗したものの、結婚することは変わることがなかった。結婚式は、妹のキャサリンと、ノーサンバランド公爵の娘の3組で行われた。招待客の誰もが結婚式の豪華さに驚き、「素晴らしい式だった」と声を掛けてくれた。しかし、わたくしは終始、憂鬱な表情を隠すことが出来なかった。
結婚してからも、ギルフォートは猫撫で声でわたくしの機嫌を取ろうとしたが、彼に対するわたくしの嫌悪感が無くなることはない。結婚しても彼の女遊びは治らず、毎日のように酔っぱらって帰って来た。また、祈りを捧げるわたくしに対し、「君は尼のようだね」と言って笑う。会話をしたくとも話が嚙み合わず、すぐに二人とも沈黙してしまう。ギルフォートが何かしてくれても、わたくしは喜ぶどころか困惑してばかりだ。渡される花は苦手なものばかりだし、贈り物は派手なものばかりで好みではない。何をしても喜ばないと、ギルフォートは義母に泣きついた。最初からわたくしを嫌っている義母は、ギルフォートがこんなにも心を砕いているのにとわたくしを責めた。義母が言うには、わたくしのような頭でっかちの嫁だから、ギルフォートが女遊びをやめることができないらしい。また、自分たちに対しての尊敬の気持ちが足りないとも叱責される。わたくしは、自分の意見を言わずにやり過ごそうか、それとも反論しようかと考え、義母やギルバートを見た。その感情の籠らない表情が怖かったのか、義母は怒ってギルバートと共に部屋を出て行ってしまった。
結婚生活はこのようなことの繰り返しで、ギルバートとの距離が縮まることはない。流石に身体を打たれることがないだけ良かったが、嫌悪感しかない家族と過ごす結婚生活はわたくしの心身を疲弊させた。
わたくしの体調不良を心配して、義父はわたくしが実家で療養することを許した。新婚早々、体調崩されては外聞が悪いし、跡継ぎの心配もあるのだろう。わたくしはありがたく義父の言葉を受け入れ、実家へ戻ることになった。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?