輪舞曲 ~ブロンド①~
あらすじ
19世紀パリ、街の片隅で探偵業を営む男・ユーグのもとには、いつも奇妙な依頼がやってくる。今回の依頼は、親族から屋敷を相続したばかりの男で「屋敷で見かけた美しい少女が忘れられないから探して欲しい」というものだ。その少女がいた場所は、屋敷のどこからも入ることのできない場所だった。依頼人の探している少女とは、いったい何者なのか・・・
ある夏の日、ピエールが友人のアパルトマンを訪ねると、彼はトランクに荷物を詰めている最中だった。
「やあ、旅の仕度かい?もう夏は終わってしまうよ。」
ピエールが尋ねると、彼は呆れたように「また来たのか」という表情をしたものの、近くにあるソファへ座るよう促した。
「旅行というか、仕事の依頼が来てね。ここから行くには少し遠いし、依頼者からは泊まりで来た方がいいと言われたんだ。少しのあいだ出かけるつもりだよ。」
「ふうん、場所はどこだい?」
「ピレネーまでは行かないけれど、その手前にある場所だね。自然が豊かでのどかな街だよ。君はあまり興味がなさそうだけれど。」
「そうだな、あまり気が進まないね。どうせなら南の方がいいな。からっとした青空も良いし、新鮮な魚料理も食べたいしね。・・・あっ、どうせそう言うと思ったっていう顔で荷物の整理をするのは止めてくれないか。」
「残念ながら、海がないから魚料理は期待できないね。その代わり、新鮮な野菜やチーズには不自由しなさそうだ。そういうわけで、今回は私ひとりで行くことにするよ。君が来ても、暇を持て余しそうだから。」
「何日くらいかかりそうなんだい?」
「さあ・・・3日か、それ以上か・・・。なるべく早くに終わらせるつもりではあるけれど、依頼者の話を聞く限りは何とも言えない感じだね。」
「やれやれ。興味はあるんだが、そんなに長く休むわけにはいかなそうだ。残念だけれど、今回は諦めるよ。そのかわり、帰ってきてから話を聞かせてくれよ。」
「まあ、君が来てくれたらいつでも話すよ。」
約束だよ、と言って去っていくピエールを見送ると、ユーグは荷造りを再開した。
都会的な街並みから自然豊かな街並みに変わり、その景色にもすっかり見飽きてしばらく経つ頃、馬車はゆっくりと止まった。御者が降りて扉を叩き「着きましたよ」と声を掛けた。
ユーグは大きく伸びをすると、荷物の入ったトランクを抱え、ゆっくりと馬車から下りた。御者は代金を受け取ると、再び今来た道を戻って行った。馬の蹄の音を聞きながら、ユーグは少し先にある屋敷の門に向かって歩き出した。
それは古い屋敷だが、建物は蔦で覆われることなく、黄色の煉瓦が見えていた。王族が持っている別荘ほどの大きさはないが、かつては力のある貴族が所有していたであろうことが伺われる立派な建物だ。街から少し距離があり周りは木が生い茂っているが、都会に飽きた貴族がひと時の休息を得るために好んで訪れるであろう長閑さがある。
ユーグが門のそばにいた長身の男に名前を告げると、男は黙って門を開けた。どうやらその先は一人で行かなくてはならないようだ。
重いトランクを一人で持ち、少し先にある屋敷の玄関まで歩いて行く。近づくにつれ、敷地にある植物がよく手入れされていることが分かった。ひょっとしたら、パリではなかなか見ることのできない植物を見ることが出来るかもしれない、とユーグは胸を躍らせた。玄関に着いてノッカーを鳴らすと、しばらくして扉が開いた。
「こんにちは。あなたは・・・?」
「初めまして。ユーグ・ガルニエと申します。失礼ですが、こちらはジョルジュ氏の御宅でしょうか?」
「ムッシュ・ユーグ!待っていました!私が、ジョルジュ・・・ジョルジュ・ドゥ・ポーです。」
大柄な男はにこやかに笑うと、メイドを呼んで彼の荷物を運ばせた。どうやら屋敷の主人が自ら出迎えに来たようだ。
「どうぞ中へ。お疲れでしょう?」
そう言って、ジョルジュと名乗った男は屋敷の中を案内する。
少し暗い廊下を進むと応接間があり、彼はユーグに年代物だが感じの良い椅子を勧め、彼も向かいに腰掛けた。部屋の中は長いこと人が住んでいなかったせいか雑風景だが、部屋の中を明るい陽射しが照らして嫌な気分になることはない。彼は近くにいたメイドにコーヒーを運ばせると、部屋から下がらせた。
「今日は、わざわざこんな田舎まで来ていただいてありがとうございます。パリからいらっしゃったのですから、お疲れでしょう。」
「長い道のりでしたが、来るのを楽しみにしていましたよ。何より、景色が美しい。それに、パリよりも少し涼しいですしね。」
「そう言っていただけて良かった。この屋敷は少し前に亡くなった叔母から相続したものなのです。実はここに来たのは初めてで、私もよく分からないことが多いのですが。」
「そうなのですね。」
「ムッシュ・ユーグ、あなたは特殊な能力のある探偵なのだとか・・・どうか、この屋敷の不思議な話を聞いていただけませんか?」
ジョルジュは、途方に暮れた表情を隠そうともせずユーグに尋ねた。
「ええ、もちろんですとも。」
1話 https://note.com/akari_toudo/n/ne017650d6c05
2話 https://note.com/akari_toudo/n/n67d9814f3939
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4話 https://note.com/akari_toudo/n/n40fde13bb1c0
5話 https://note.com/akari_toudo/n/nd0941e9c1d71
6話 https://note.com/akari_toudo/n/n856f345e2ae2
7話 https://note.com/akari_toudo/n/n2a0501830f71
8話 https://note.com/akari_toudo/n/n92b83edf955b
9話 https://note.com/akari_toudo/n/n81264722ea82
10話 https://note.com/akari_toudo/n/naf3d02894860
11話 https://note.com/akari_toudo/n/n6bc8edf995d0
12話 https://note.com/akari_toudo/n/nd2fa37fcf3fc
13話 https://note.com/akari_toudo/n/n94a4605600ae
14話(完) https://note.com/akari_toudo/n/n040bed674509