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輪舞曲 ~ブロンド⑫~

 ユーグが庭にある椅子に座っていると、かさりと音がした。後ろを振り返れば、庭師の男がこちらを見ている。
「あんたか。いつもここにいたのは。」
「・・・黙ってお借りして申し訳ありません。この場所が気に入ったので。」
「いや、いい。きっとあの子に呼ばれたんだろう。」
 そう言って男は、ローズがいつも腰掛けている椅子に座った。手にしていた紫の花を、机の上に置かれていた白い花瓶に入れる。
「いつも飾られていた花は、あなたが用意してくださっていたのですね。」
「そうだ。この庭で咲いている、一番綺麗な花を飾っているんだ。」
 ぶっきらぼうに答えた男の髪は、帽子で隠れているが白かった。男の目はユーグを見ることなく、庭の花たちに向けられた。
「ここは、儂の爺さんがこの屋敷の庭師をしていた時に作った場所なんだ。ちょうど屋敷の周りからは見えないようになっているだろう?」
「はい。椅子と机を見つけたときは驚きました。」
「そうだろう。当時の旦那さまには見つからないように造ったと聞いたことがある。」
 そう言って、男はしばらく庭に咲く花を眺めていた。屋敷に来たときは満開だった薔薇の花はほとんど散ってしまい、今はカリオプテリスをはじめとする紫や青の花が多くなってきた。
「儂にはあの子が見えないが、なんとなく気配は感じるよ。庭に綺麗な花を咲かせるのも、仕事だからというのはもちろんだが、あの子が喜んでくれるような気がするからさ。」
「花が好きな子だったのですね。」
「そう爺さんが言っていた。どの花も喜んでいたけれど、やっぱり薔薇の花が一番好きだったらしい。だから薔薇の花は一番力を入れて育ててるんだ。」
 ユーグはバスケットから新しいカップを出し、紅茶を注いで男の前に置いた。今日は彼にお茶を出して欲しいとローズが言っているようだ。
「いいのか?」
「ええ。もちろん。」
 男は恐る恐るカップを手に取ると、そっと紅茶を口に含んだ。
「うまいな。何とも言えない良い香りだ。」
 そう言って男は目尻を下げた。目尻にある深いしわが、男の表情を柔らかく見せた。
「儂の爺さんが庭師をしていた頃、当時の旦那さまが孤児院から小さな女の子を引き取ってきた。とても可愛らしい子で、孤児院にいるくらいならこの屋敷の下働きにでもさせようと思ったらしい。爺さんと婆さんが住み込みで働いていたこともあって、その子は二人が育てていたんだ。」
「屋敷にはお二人しかいなかったのですか。」
「旦那さまが来る夏の間だけコックやメイドがたくさん来たらしいが、それ以外は二人で管理していたそうだ。ほら、2階の角にある窓が見えるだろう?」
 そう言って男が指さしたのは、ジョルジュが少女を見たと言っていた部屋だった。
「あそこの部屋に3人で暮らしていたんだ。」
「あの部屋ですか。でも、どこからも入れないようですよ。」
「今は入れないね。昔は、一階の廊下の突き当たりから入れるようになっていたんだ。爺さんたちが引退した後、その扉が壊れたこともあって、入り口を塞いだんだ。」
 そう言って、男はゆっくりと紅茶を飲んだ。カップが空になったのを見て、ユーグは紅茶を注ぐ。男はしわがれた声で、ありがとう、と言った。
「最初は小さかったその子は、日に日に美しくなっていってね。それに気づいた旦那さまが、養子にしてどこかに嫁がせようと思ったらしい。その子を自分の孫のように可愛がっていた爺さんと婆さんは悲しんだが、このまま田舎にいるよりは華やかな街での生活のほうが良かろうと思ったらしいんだ。」
「・・・。」
「その子には家庭教師がつけられて、貴族の娘のように勉強することになった。それまでのびのびと育っていたあの子にとって、そんな生活は辛いものだったようでよく泣いていたそうだ。この場所は、勉強で疲れたあの子を隠すために爺さんが造った秘密の場所なんだ。だから、儂もこの場所から見た花が一番綺麗に咲くように世話をしている。」
 男は満足そうに庭を眺め、紅茶を飲む。男の言う通り、やはりこの場所は庭の中で一番美しいと思った。
「その子が10歳を超えた頃、夏にここを訪れた旦那さまが、次の春になったらパリへ連れて行く、とおっしゃった。」
 風が吹いて、傍の草木がさざめくように揺れた。太陽の光を浴びる緑の葉がやけに眩しい。草花の影が、一瞬、男の顔の上を通りすぎていく。
「爺さんと婆さんは悲しんだが、その子の悲しみは周りから見ても気の毒になるほどだったらしい。その子はパリに行きたくない、爺さんと婆さんと一緒にいたい、と最後まで言っていたそうだ。だが、一介の使用人が主人に逆らうことが出来ようか。3人は離れるのを惜しむように春になるまで過ごすしかなかった。でも、結局その子がパリに行くことはなかったんだ。」
 男は睨むようにこちらを見ると、紅茶を飲み干してカップを置いた。ユーグも、思わず居住まいを正した。
「その子は死んでしまった。夏の終わりから軽い咳が止まらず、冬の寒さで更に酷くなってしまった。その子が寝込む数日前から、嵐が酷くて薬を買いに行くことも出来なかったらしい。二人で必死に看病したが、寒い冬の日の朝、眠るように亡くなったそうだ。」

 
 

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