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レディ・ジョーカーに祝杯を捧げよ㊵

 ユーグは欠伸をしながらコーヒーを口にする。部屋に遅い朝食をを運んできた使用人は、主人の様子を気にすることなくパンや果物の乗った皿を置いていく。本当はもう少し寝ていたかったが、早速用事ができてしまい、そういう訳にはいかなくなった。
 使用人が部屋を出て行くと、今朝届いていた手紙を開いた。あと5時間ほどしたら待ち合わせの時間だ。幸い、待ち合わせ場所はそう遠くない場所だ。カップのコーヒーを飲み干したら、身支度を始めよう。

「昨日話したばかりなのに、早速来てくれてありがとう。無理をさせて悪かったね。」
「いえ、こちらこそ。お誘いいただけて嬉しく思います。」
 高級住宅街の一角にある屋敷に招かれたユーグは、一人の紳士と挨拶した。昨晩の疲れを微塵も見せず、皺ひとつない上着を着てユーグを出迎えてくれた。もちろん、ユーグも眠そうな顔をせずに微笑む。
「昨日は急に現れたから驚いたよ。教えてくれても良かったのに。」
「急に決まったのもので、連絡できずに申し訳ありません。」
「こちらに来たのは仕事かい?もしかして、結婚とか。」
「あまり面白い話ではないので、期待しないでくださいよ。もちろん仕事です。」
 庭の草花が良く見える客間に案内され、紅茶と小さな焼き菓子を並べた使用人は静かに部屋を出て行った。この屋敷の使用人は、主人と同じであまりこちらを詮索するような視線を向けないでくれるので非常にありがたい。目の前の男は自分より5歳ほど年上だが、心地よい落ち着きのある知的な紳士で、昔から心を許している数少ない友人の一人だ。
「君があまりイギリスに来たがらない気持ちは分かるんだけれどね、卿は寂しいと思うよ。もちろん、私も。たまには顔を出してくれたまえ。」
「ええ。今回はしばらくこちらにいますので、よろしくお願いしますね。」
 目の前の男は紅茶を一口飲むと、少し目を瞑った。
「あまり他人の家の事情に関わりたくはないのだけれどね。卿は、まだまだお元気でしっかりしてらっしゃるけれど、奥方が心配だ。隙を見て男どもが纏わりついている。卿と年も離れているから、お若いし仕方のないことだが、もしものことがあった時にあの家は乗っ取られてしまうのではないかと思ってしまう。」
「・・・ええ、昨晩見ました。ただ、あの家には伯爵の娘さんと娘婿さんがいるではありませんか。」
「あの若い二人に何が出来る?顔立ちは綺麗だが、遊ぶことばかり熱心で貴族の義務を果たしているとも思えない娘婿と、少し綺麗なだけで頭が空っぽの娘では、これからの時代は安心できないぞ。」
「年が近いのに、なかなか辛辣でいらっしゃる。それに、あの家にはもう一人娘さんがいらっしゃいますよ。」
「ああ、確かに。まだ結婚してはいないが、上の娘に比べたら芯のある娘のようだ。顔も悪くない。しっかりした男を捕まえないとな。」
「彼女ならきっと良い結婚相手が見つかりますよ。何にしても、私には関係のない話です。」
「そうだといいのだけれどね。卿は抜け目のない方だ。君も油断しないほうが良い。」
「ご忠告、ありがとうございます。」
 そう言うと、皿に盛られた小さな焼き菓子をつまんだ。通常出されるお茶菓子は、少し小ぶりのスコーンやサンドウィッチなどだが、あまり見かけない上品な焼き菓子は、主人の良い趣味を伺わせるのに十分だ。
「ところで、今回こちらに来たのはどうしてだい?」
「いきなりお聞きになるのですね。」
「君が教えてくれないからだろう。」
「・・・依頼が来ましてね、好きになった女性の行方が分からないから教えて欲しいのだとか。私も調べているのですが、こちらに伝手が無くて困っています。」
「そう言いながらも、引き受けたんだろう?」
「よく分かりましたね。」
「分かるさ。楽しそうな顔をしている。」
 そう言いながら、男も面白そうな顔をした。この男もまた、他の貴族と同じで退屈なことに飽き飽きしているのだ。
「ロンドンにあるパブにいる、レディ・ジョーカーと呼ばれている女性を探しています。パブの名前も、彼女の本名もわかりません。おまけに、彼女の目元は仮面があって見えなかったとか。」
「へぇ!何とも興味深い人探しだね。その男は、彼女のどこに惹かれたんだい?」

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