レディ・ジョーカーに祝杯を捧げよ 56
わたくしは最後までギルフォート様のことを好きになることが出来なかった。わたくしと結婚したせいでギルフォート様は処刑されることになってしまったが、わたくしだって彼と結婚さえしなければ女王になることはなかったし、処刑されることもなかっただろう。彼がわたくしに会って、最後に何が言いたいかなんて分からないし、興味もない。「助けてほしい」と言われても助けることは出来ないし、「愛してる」と言われても、その言葉に答えることが出来ない。ギルフォート様と会っても良い結果にならないと分かっていたので、会おうとは思わなかった。
次の日の朝、早くに目が覚めたわたくしはいつものように神へ祈りを捧げた。侍女が私の身支度を手伝ってくれ、白いドレスに黒いガウンとケープを纏う。それは、死ぬために用意された衣装だった。
冷える手を擦りあわせ、落ち着きなく過ごしていると、窓からギルフォート様が処刑場に連行されていくのが見えた。彼が処刑されるのは、義父と同じ場所だった。わたくしは、ギルフォート様の後ろ姿を見ていた。最後までこちらを振り返ることはなく、取り乱すことなく歩いて行く彼を、今まで見た中で一番立派だと思った。
大勢の見物人がいたのだろう、しばらくすると、かすかに人々の歓声が聞こえた気がした。やがて、ギルフォート様の遺体は荷車に乗せられて戻って来た。
「ギルフォート・・・!」
わたくしは、その様子を見ながら呟いた。次は、わたくしの番だ。
わたくしは王族の血を引いているため、ギルフォート様と同じ処刑場ではなく、ロンドン塔の敷地内で処刑されることが許された。わたくしは祈祷書を持ち、侍女と共にその場所に行く。大勢の人々が見守るなか、わたくしは処刑場の階段をのぼった。ノーサンバランド公爵やギルフォート様のように、罵声を浴びせられながら迎える最後ではなくて良かったと感謝した。
わたくしは落ち着いて階段をのぼり、祈祷書の一説を読み上げた。最後まで付き添ってくれた侍女たちに、形見として身につけていたものを渡す。彼女たちはすすり泣きながら着替えを手伝ってくれた。
しかし、ちらりと断頭台を見ると、一瞬で身体の底から湧き上がる冷たい恐怖を感じ、血の気が引いて行くのだ分かった。喉が張りつき、声を出すことが出来ない。わたくしは、みっともなく手が震えないよう願いながら、白い布で目をきつく縛った。目の前から光がなくなり、周りから取り残されたように感じる。怖い、でも、後戻りはできない。
「どうすればいいの、どこにあるの。」
わたくしは混乱しながら手を彷徨わせた。首を置くための台が見当たらない。足ががくがくと震え、固まったように動くことが出来ない。
その時、優しく温かい手がわたくしを導いてくれた。神のもとへ行けばこのように温かい手に触れることが出来るだろうか、と思いながら、わたくしは冷たい台に首を置いた。
「早く、済ませてくださいね。」
わたくしは、皆に聞こえぬよう小さな声で懇願する。
「主よ、我が魂をあなたに委ねます。」
そう言って、静かに目を閉じた。
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