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輪舞曲 ~ブロンド⑨~

「私はイギリスに行ったことがありますが、このような素晴らしい庭のある御宅はなかなかありませんね。」
「本当?イギリスのお庭は、素敵なものが多いのでしょう?お爺さまが、いつかイギリスにあるいろいろなお庭を見に行きたいと言っていたわ。そんな風に褒めてくださったら、お爺さまはきっと喜ぶわ!」
 少女はそう言って嬉しそうに笑った。しかし、窓の外を見てはっとしたようだった。
「ごめんなさい。ここでおしゃべりばかりしていたら怒られてしまうわ。私、すぐに行かなくちゃ。」
「残念。あなたとのお話は楽しいので、またお会いできませんか。もちろん、旦那様には秘密で。」
「ええ、いいわよ。私も会いたいわ。」
「どちらに行けば会えるでしょうか?」
「そうね・・・お屋敷の中で会うと旦那様に怒られてしまうから、庭がいいんじゃないかしら。」
 少女は窓に近づくと、迷うことなく指差した。
「あそこ、見えるかしら?あの場所で会いましょう。」

 またね、と言って少女が出て行った扉を、ユーグは呆然と見ていた。
 綺麗な子だった。顔立ちも整っているが、はっとするくらい透明感のある子だった。大人になったら、一体どれほどの男たちを夢中にさせるのだろう。12歳くらいだろうか、背は高くなく、華奢で、貴族の子供のような澄ました感じではなく人懐っこい印象を受けた。村娘のように訛りのある言葉遣いではなく、かといって貴族の子女のような上品な話し方でもない、まるで貴族が道楽で書いた小説の中にいる町娘のようだ。
 そして、実際にこの屋敷の主人であるジョルジュ氏を夢中にさせている。恐ろしい子だな、と思った。それと同時に、目が離せない、とも思った。

 ユーグは、早朝と昼過ぎに庭を歩くことを日課にしている。庭に植えられている植物は、いつ見てもよく手入れされていて素晴らしい。朝、湿った地面から出ていた芽が昼過ぎには真っ直ぐ立っていたり、朝露に濡れていた花が昼過ぎにはしぼんでいたりと、見ていて飽きることがない。日が高くなると、明るい光に反射した花や葉が鮮やかに広がる世界が美しく見入ってしまう。この屋敷の住人たちは、興味がないのか、忙しいのか、あまり庭に出ないのは残念だ。庭に咲いている薔薇の花はちょうど見頃で、あと少ししたら散ってしまうだろう。
 ユーグは一通り庭を眺めると、庭の中にある小さな椅子に座って休憩する。先日、庭を散策していた時に見つけた粗末なものだが、植物に隠されているようで、ちょっとした秘密基地のようだ。
 今朝もユーグは椅子に座ってのんびりと本を読んでいた。
「おはよう。今日も来てくれたのね。」
 可愛らしいお客が、茂みの間からひょっこりと顔を覗かせた。
「やあ、ローズ。おはよう。昨日も来たんだけれど、会えなかったね。君は忙しかったのかな。」
「ええ。おばあさまに頼まれて、お屋敷のお掃除をしていたの。そのあと、先生が来て勉強していたわ。ここに来たかったのだけれど、時間がなかったの。」
「そうか。頑張っているんだね。」
「ありがとう。」
 そう言うと、彼女は照れくさそうに笑った。
 彼女はいろいろなことを話してくれる。庭に植えてある林檎の木に登ったときのこと、秋に獲れる林檎で作るジャムが好きなこと。庭師のおじいさんは無口だがとても優しいこと。おばあさんの作る料理が美味しくて大好きなこと。
「旦那様は、夏の間だけこのお屋敷に来るのよ。その時は、お客さまやお世話をする人たちが増えるけれど、それ以外はとても静かなの。」
 そう言って、彼女は机に置いてある花瓶に入っている薔薇の香りを嗅いだ。朝になると、いつも違う花が花瓶に飾られていた。飾られたどの花も、ローズは幸せそうに見ている。
 これまでの彼女の話から、この屋敷にはローズと面倒を見てくれている老夫婦だけが住んでいることが分かった。ローズは老夫婦の孫ではなく、屋敷の主人が孤児院から引き取った子供らしい。名前のなかった彼女に、ローズと名付けたのも屋敷の主人だそうだ。彼女は、この庭に咲く美しい花が自分と同じ名前だと知ってとても嬉しかったと話した。
 ローズは少しのあいだおしゃべりすると、いつも時間を気にするように立ち上がる。
「今日も楽しかったわ。どうもありがとう。私、もう行かなくちゃ。先生が来る前に本を読んでおかなくちゃいけないの。」
「そうなんだ。どんな本なんだい?」
「それが、難しくってよく分からないの。先生が来る時までに、少しでも覚えなくちゃいけないのに。」
 ローズは泣きそうな顔で言った。余程厳しい教師なのだろう。
「じゃあ、また持ってきてくれるかい。私が教えてあげよう。」
「本当?」
「もちろん。またここで待っているからね。」
「ええ、また今度。約束よ!」
そう言うと、少女は走って行って、あっという間に見えなくなった。


 

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