輪舞曲 ~ブロンド⑪~
「屋敷の守り神?」
ジョルジュはユーグの言葉に戸惑うように繰り返した。近くにいる執事も、思っていた答えとは違ったようで驚いているようだ。
「はい。なんでも、この辺りでは時々家に住み着くことがあると聞きました。住み着いた家の住人たちに良いことが起こるというので、それにあやかるためにわざわざ泊まりに来る人もいるのだとか。」
「そんな話、初めて聞いたな。」
「パリでは聞いたことがないですね。どちらかというと、自然が豊かな場所を好んでいるのではないでしょうか。このように、その土地ごとに変わった特性がある霊がいることは珍しいことではなく、すべてが人間に悪さをするというわけではありません。この土地では、守り神のいる家は商売がうまくいって財を成すのだとか。他にもずっと痛かった腰が良くなったり、長年子供に恵まれなかった夫婦に子供が生まれたこともあったようです。私も初めて聞いたときは驚きましたが、この屋敷を見ても嫌な気分になることはありませんでしたので、気になさることは無いかと思いますよ。街でいろいろと聞きましたが、どうやらこの辺りでは守り神と呼んで、大切にしているそうです。」
「そうか・・・。でも、考えてみたら叔父上は商売でかなりの財を築いていたようだし、君の言う通りかもしれないな。」
ジョルジュが納得したように言うと、後ろにいる執事も深く頷いた。
「守り神は住み心地のよい家に住み着くそうです。余程この屋敷が気に入っているのでしょう。伯母上がご存命だった頃と同じように屋敷を維持なされば、あなたにとっても良い結果となるかもしれません。」
「なるほど。では、今後もこの屋敷を維持できるよう努力しよう。」
「それがよろしいかと。」
主人の力強い言葉に、執事も感無量という表情で頷いた。それもそうだろう、自分の主が、先代に負けぬよう頑張ると宣言したのだから。これで、あの少女も安心してここで暮らせるだろうか。
「ああ、それから、あの少女は見つかったかい?」
ジョルジュは、近くにいる執事を気にしながら小声で聞いた。勿論、執事がその言葉を聞き洩らすことは無い。
「一度だけ姿を見かけました。おそらく、先ほど話した守り神でしょう。ブロンドの長い髪をした10歳くらいの子でしたが、その辺りにいる町娘のような子でしたね。あの程度の顔立ちなら、パリには何人もいるかと思いますよ。確かに髪は美しかったですが。」
そう答えると、ジョルジュは明らかに複雑そうな顔をした。自分が気になっていた少女が、パリでは平凡な顔立ちだと言われたからだろう。
「そうか・・・近所の子供だったら、養子にでもしようかと思ったのに・・・。」
「若旦那様!そのようなおかしなことを仰らないでください。大体、どこの誰かも分からない子供を簡単に引き取れませんよ!旦那様は夢見がちなので、私は心配でございます。一刻も早く、しっかりした素敵な奥さまを迎えてくださらなくては、心配で心配で死に切れません。」
「またその話か・・・。勘弁してくれよ、縁談は両親に任せているじゃないか。」
「その旦那様や奥さまの持ってきた縁談を気に入らないと断っているのは、他でもない若旦那様ですよ!」
二人の言い合いはしばらく続いていたが、どちらも引き下がる様子はない。そういえばピエールも、まわりから勧められる縁談の相手が好みではないと嘆いていた。
「自分が好きになった相手が、自分を幸せにしてくれたら良いのでしょうが、思うようにいきませんね。」
ユーグが呟くと、ジョルジュがこちらを見て「何か言ったかい?」と聞いた。
「いいえ、何でもないです。そういえば、少女を見かけたという2階の部屋は、ひょっとしたら守り神が逃げ出さないように行き来できないようにしているのかもしれません。私も確認しましたが、あの部屋に入る通路は見つかりませんでした。そっとしておくほうが良いかもしれませんね。」
ジョルジュは納得したように頷くと、少女への興味をすっかり無くしたようだ。その様子に執事は安堵の表情を浮かべたが、それ以上にユーグも安堵したのだった。
ジョルジュに話した「屋敷の守り神」というのは確かに存在すると聞いたことがあるが、この屋敷に限ってはそうではない。勿論、この辺りで守り神がいるという話は聞いたことがないし、街の人が話していたというのも嘘だ。だが、これ以上少女が執着されるのは避けたかったので、信じてくれるかどうかは分からなかったが話をしてみた。見た目が好ましいという理由だけで彼女を追いかけ回すのは気分が悪い。
ユーグの思惑に気づくことなく、ジョルジュは謝礼を渡した。