レディ・ジョーカーに祝杯を捧げよ 54
ロンドン塔で捕らえられたわたくしは、同じ敷地の中にある看守用の住居に、ギルフォートは隣にある建物へと幽閉された。ギルフォートの居る建物には、彼の兄弟も捕らえられていた。義父も反逆者として捕らえられたので、義父の息子たちにも追手がかかったのだろう。
幽閉されてからというもの、意外にも、わたくしは今まで生きてきた中で一番快適な生活を送っていた。わたくしにつけられた侍女たちは親切で、毎日たわいもないおしゃべりを楽しんだ。塔の外へ出ることは許されなかったが、庭を散歩することは許された。もともと遊びを好まず、本を読むことが好きだったわたくしにとって、誰にも邪魔されずゆったりと時間が過ぎる幽閉生活は心地よいものだった。
ある日、本を読もうとしていたわたくしに、侍女が「ノーサンバランド公爵様の処刑が決まったそうです」と教えてくれた。
「裁判では大逆罪で有罪になり、処刑されるそうです。枢密院の会員たちは、全責任はノーサンバランド公爵にあると証言したそうですわ。」
「それでは、今回の騒動の責任は、すべてノーサンバランド公爵にあるということなの?」
「そのように女王は判断したようです。」
「・・・そう。」
最初はわたくしを女王と認めたにもかかわらず、風向きが変わったら、すべてを義父に押し付けて逃げるのね、と思い、心が冷えていくのを感じた。
義父のやり方は強引だし、冷酷な一面もある。ただ、彼以外にも今回の騒動の責任を取るべき人物はいるはずだ。何も、彼一人だけが悪いわけではない。そう思うと、義父に少しの同情を覚えた。
処刑される前日、ノーサンバランド公爵はカトリックのミサに出席し、カトリックへ改宗することを誓うからと許しを請うたと聞いた。もちろん、誰も耳を傾ける者はおらず、次の日、大勢の観衆に罵声を浴びせられながら処刑されたらしい。
その話を聞いて、ほんの少し同情していた義父への思いがすーっと消えていったことを感じた。最後まで自分勝手で、どうしようもない人だと思った。機会があれば、人を裏切ってでも生きていこうとする人物のことを、誰が信用するというのか。今まではそのようなやり方で上手くいっていたのかもしれないが、最後の最後で全員に裏切られ、命まで落としてしまうのは自業自得なのではないか。義父の、その強引なやり方によって、ギルフォートや彼の兄弟たちは幽閉されているというのに。何よりも許せないのは、今まで散々「神様のために」と言っておきながら、命乞いのためにカトリックへの改宗を誓ったことだ。本当に神への信仰があるのなら、自分の命を捨ててでも神への信仰をとるべきではないのか。
わたくしはその日は何も手に付かず、ぼうっと窓の外を眺めていた。
ノーサンバランド公爵が処刑されたあとも、わたくしたちの生活は何も変わらなかった。わたくしはのんびりと日々を過ごし、時々庭に出て散歩をした。日に日に風が冷たくなり、吐く息も白くなっていた。わたくしは、ギルフォートたちのいる建物を見上げ、温かく過ごしているだろうかと思っていた。
そのようなある日、突然、メアリー様から裁判を開くという知らせがきた。今まで特に連絡がなかったので、突然の話に戸惑う。裁判には、わたくしとギルフォート様が呼ばれた。
わたくしは、久しぶりにロンドン塔の外を歩くことになった。大勢の人々が見ているなか、わたくし達はゆっくりと歩かされ、ギルトホールで行われる裁判を受けることになった。まるで、メアリー様に逆らった者はどのようになるのかを見せつけるかのようだった。人々は憎悪のこもった目でわたくしたちを見て、汚い言葉で罵った。
久しぶりに見るギルフォート様は、少し痩せたようだった。外に出ることが許されていないせいか、少し顔色が悪く見える。わたくしを見ると、縋り付くような目をして近くに来ようとしたので、傍にいた兵士に取り押さえられた。
裁判でわたくしたちは反逆罪で有罪となり、わたくしは火炙りか断頭、ギルフォート様は4つ裂きの刑を言い渡された。ギルフォート様は刑が言い渡された途端、顔色を失って倒れそうになっていた。義父の言いなりになってわたくしと結婚しただけなのに、その刑は重すぎるのではないかと思った。しかし、反論することは許されず、わたくしたちは来た道を、大勢の人々の罵声が飛び交うなか戻って行った。