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レディ・ジョーカーに祝杯を捧げよ 51

「捕らえる?メアリー様を?」
 わたくしは、思わず報告書から顔を上げて義父を見た。
「そうです。」
 義父は得意げな顔で答えた。
「もう、兵士や武器も集めていますよ。女王はお忙しいでしょうし、こういったことは軍の司令官である、私の方が詳しいので。」
 そう言って、出ている腹を突き出すようにのけぞる。
「なにも捕らえなくても・・・来ていただけるようにお願いしたの?わたくしが女王になるのは、前国王陛下の御遺志ですから、メアリー様もご理解いただけると思うのですが。」
「私の兄がメアリー様をお迎えにあがったら、城はもぬけの殻でした。そして、昨夜には枢密院宛てにメアリー様を女王と認めるようにと手紙が届きました。認めなければ、血の雨が降り注ぐと。」
「なんてこと・・・!」
「メアリー様は、こちらと戦う意思を示されました。そして、メアリー様の後ろにはカトリック派の貴族たちがいるはずです。彼女を女王にさせ、この国をカトリック信仰にするつもりなのでしょう。いいですか、メアリー様が女王となれば、我々プロテスタントは間違いなく迫害されます。それだけでなく、イングランドの国民たちが巻き込まれ多くの犠牲者が出るはずです。それは避けなければなりません。ご安心ください、枢密院はメアリー様からの要求を断りました。あなたが即位式を迎える前に、すべてを片付けなければなりません。まずは、メアリー様を捕らえなくては。」
 わたくしは義父に、頷いてみせた。義父は「女王の仰せのままに」と言った。
 義父は軍艦6隻を、イースト・アングリア沿岸に派遣して海路を制し、ケンブリッジに陣営を作って陸路を制した。経験豊富な軍人の判断を、わたくしは高く評価した。正直に言うと、戦争のことはまったく分からなかったため、義父の存在をありがたく思った。枢密院の判断により、総司令官はわたくしの父であるサフォーク公爵ヘンリー・グレイに決定したが、実践の経験のない父は緊張のためか体調を崩してしまったので、戦争経験が豊富な義父ノーサンバランド公爵に総司令官を務めてもらうため、ケンブリッジに派遣することを決めた。義父はロンドンを離れることをためらったが、他に信頼できて軍の司令が務まる人物の心当たりがなかった。義父は枢密院の会員たちに、くれぐれも女王のことを頼むと念押しした。
 次の日、義父はケンブリッジへ向けて出発した。わたくしは相変わらず大量の書類に目を通してサインし、枢密院に出席した。今こそ心を一つにして、イングランドを平和で豊かな国にしていかなくてはならないと強く主張した。しかし、義父のいない枢密院は人々の意見がまとまらず、わたくしの思いが空回りしているのを感じた。
 義父がケンブリッジに到着する頃、わたくしは有力な貴族たちへ手紙を書いていた。わたくしなりに、貴族とのつながりを強固なものにしたいと思っていたからだ。女王としての仕事に慣れたのか、最初の頃のような大量の書類に埋もれることはなくなった。相変わらず、夜にゆっくりと休むことは出来ないが、それでも手紙を書く余裕は生まれた。


『わたくしは、このイングランドという国を、豊かで平和な国に導いていきたいと思っております。
そのためには、是非ともあなたの力が必要なのです。
今こそ心をひとつにして、メアリー様に立ち向かっていきませんか。
わたくしと心をひとつにしていただく証に、落ち着いたら必ずや褒美をとらせましょう。
共に戦ってくれることを信じています。      女王ジェーン』


「お願いね。」
 わたくしは、書いていた手紙を侍従に渡した。侍従はうやうやしく手紙を受け取って、部屋から出て行く。不気味なくらい塔は静かだ。時々、誰かがやって来て机の上に書類を置いていく。最初の頃にあった緊急を要するものは少なく、地方の領主たちからの嘆願書や、去年の農作物の出来高が書かれた報告書まであった。
「やけに静かね。」
 わたくしは、そう呟いた。広い部屋の中には誰もおらず、外では鳥が鳴く声が聞こえた。

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