輪舞曲 ~ブロンド④~
ジョルジュが話し終わると、部屋は少しのあいだ沈黙に包まれた。ユーグは手を組み、考え込むように目を閉じている。ジョルジュが不安に思いながら、いよいよ声を掛けようとしたとき、ユーグは目を開け「そのご依頼、お引き受けしましょう」と言った。
「よろしいのですか。」
「ええ。ただし、手を尽くして調べてみますが、解決できるかどうかはわかりませんよ。」
「構いません。」
「仮にこの屋敷に幽霊がいたら・・・あなたはどうなさるおつもりですか。」
「・・・そうですね、屋敷を売り払うということは考えておりません。代々一族が受け継いできたものですから。私としては、こちらに悪いことが起こらないように付き合っていけたらいいとは思っていますよ。これからどのようにするかは、あなたの仕事次第というところでしょうか。」
「それは責任重大ですね。」
ユーグが笑うと、ジョルジュも肩の力が抜けたように笑った。
「早速ですが、その少女を見たという場所に案内していただけませんか。」
「はい、もちろんです。」
「ほう、見事なものですね。」
「そうでしょう。私も初めて見たときは驚きました。庭師の腕は確かだと思いましたね。」
二人は、屋敷の裏庭を歩きながら話した。裏庭は広く、奥は森が広がっている。植えられた草木の青葉は瑞々しく色づいていた。そして、何よりも目を惹いたのは、様々な品種の薔薇の花だ。
「この庭は、薔薇の花が多いようですね。」
「そうなのです。春に来た時も、薔薇がたくさん咲いていましたね。ひょっとしたら、亡くなった叔母が好きだったのかもしれません。」
「そうですか。少し見ただけですが、育てるのが難しい品種もいくつか見つけました。この屋敷の庭師はとても腕が良いですね。大切になさると良いですよ。」
ジョルジュは微笑んで頷いた。美しい薔薇を眺めながら歩いていると、不意にジョルジュが立ち止まる。
「ムッシュ、よろしいですか?ここから見えるのが、先ほど話していた2階の窓です。少女が見えたのは右側です。」
ユーグは屋敷を見上げたが、2階の窓には誰の姿も見えなかった。外側から見ただけでは特に不自然なところは無く、よくある一般的な造りの屋敷のように見える。
「少女の姿は見えませんね。やはり、2階にある隠し部屋も見たいです。注文されたという梯子ですが、お借りしても?」
「ああ、それなのですが、実は手違いがあったようで届いていないのですよ。もう一度注文したのですが、時間がかかると言われて待っているところです。」
「そうなのですか。それでは、しばらくこの辺りを調べてもよろしいでしょうか。」
「結構ですよ。屋敷の中も自由に見てくださってかまいません。私は仕事があるのでこれで失礼しますが、何かあれば屋敷にいる者に伝えてください。」
「ええ、ありがとうございます。」
ジョルジュが去っていくと、ユーグはぶらぶらと屋敷の周りを歩いた。夏の終わりのほんのり涼しい風が、木々を揺らして屋敷を通り抜けた。
「やはり、外からは入ることが出来ない、か。」
先ほどから、屋敷の壁を叩いたり、注意深く観察していたユーグだが、外側から屋敷に入ることは出来ないということだけしか分からなかった。執事が言っていたように、隠し通路や隠し部屋が存在する屋敷はあるので、特に驚くことではない。後で屋敷の中も見せてもらわなくては、と思いながらユーグは庭を散策することにした。
ユーグが歩いていると、庭の中に小さなテーブルと椅子が置いてあるのを見つけた。それは一見するとそこにあるか分からない、草花でできた塀の中に隠されるように置いてあった。屋敷の主人たちが休むためにあるものではなく、庭師が休むために置いてあるような、何の飾りもない粗末なものだ。白く塗られた木でできたテーブルと椅子は、真新しいものではなく、かなり前からそこに置かれていたようだ。
椅子に座ると、草花が壁となって周りから隠されているようだ。ユーグの前に広がっているのは、どこまでも澄んでいる青空と、庭にある草花だけだ。そして、おそらく注意深く庭を見なければ、ここに人がいるなどとは思わないだろう。風が吹くたび、葉がぱらぱらと音を立てる。
ユーグが気になったのは、そのテーブルに小さな白い花瓶のようなものが置いてあったことだった。それは汚れもなく、ずっと置かれたまま忘れ去られたという感じはしない。
(花を生ける・・・この庭で?誰が、何のために・・・。)
テーブルや椅子の粗末さから、それが身分の高い人のために用意されたものではないことは分かる。ただ、花々が満開となる季節にこの椅子に座れば、どれだけ美しい景色が広がるのだろう。まるでこの庭の景色は、この場所から眺めるのが一番美しいように設計されているようだ。
(秘密の花園、か。いったい誰が何のために造った場所なのか・・・。)
ユーグは不思議に思いつつ、その場所を後にした。
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