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レディ・ジョーカーに祝杯を捧げよ㊶

 「一目惚れ、みたいです。初めて会った日から毎晩のように彼女に会った店に行っているようなのですが、どうやらその日から会えないそうなのです。」
「避けられているんじゃないか?」
「私もそう思いました。もともと紹介制のようなので、入り口で追い返すことも出来ますからね。」
「レディ・ジョーカーか・・・。聞いたことが無いな。」
「そうですか・・・。依頼人によると、客層は裕福な貴族や商人が多いようなので、ご存じかと思いまして。」
「残念ながら心当たりはない・・・だが、大変興味深い。」
 男は、前のめりになってユーグを見た。
「私も協力させてもらいたい。」
「・・・願ってもないことですが、何故ですか。」
 男は、にやりとしながら言った。
「その女性に興味があるからに決まっているじゃないか。」
「・・・そのような言い方をすると誤解を招きますよ。自慢の可愛らしい奥様が泣いてしまいます。素直に、良い暇つぶしを見つけたからとおっしゃったらどうですか。」
「いや、彼女は泣かないよ。怒るだろうけどね。」
「どちらにしても、面倒なことになりますよ。」
「いいじゃないか、その女性を愛人にする訳でもあるまいし。」
 ユーグはこめかみを押さえながら溜息をついた。この友人は若い頃から大層女性に人気があって、結婚が決まった時などは大変な騒ぎになったのだ。甘い顔立ちだが頭の回転が速く、口うるさい老人ともうまく話が出来る。若い娘だけではなく、年頃の娘たちを持つ親からの評判も良かった。
 ただ、少々歪んだ性格をしていることは仲間の内ではよく知られていた。一見するとどんな女性でも丁寧に接して相手を勘違いさせてしまわせるような女好きに見えるのだが、幼馴染の妻を誰よりも愛している。それだけなら良いのだが、そのことを妻にも分からない態度で接するため、彼女は未だに夫とは政略結婚で愛など存在しないと思っているくらいなのだ。
「奥さまに嫉妬させようとしたら余計に拗れるだけですよ。潔く、愛していると伝えたらどうですか。」
「・・・何度も言っているけれど、信じてくれないんだ。」
「でしたら、余計にこの依頼のことは忘れてください。私が何とかしますので。」
 ユーグがそう言うと、目の前の男はつまらなそうに焼き菓子をつまんだ。
「そんなこと言ったって、君にはこの国の伝手が無いだろう?」
「あなたほど顔が広いわけではないですが、全く無いわけではないんですよ。依頼に応えられなければ応えられないで構いません。それよりも、大切な友人夫婦の仲が悪くなる方が困りますので。」
「ちっ、君が女性だったら絶対に口説いていたのに。」
「気持ちの悪いことを言わないでくださいよ。」
「本当のことだよ。私は、君の顔立ちだって存外気に入っているんだから。」
「お願いですから、そういうことを外で言わないでくださいね。あらぬ噂を立てられて困るのは貴方ですよ。」
 そう言われても意に介さず平然と紅茶を飲む友人を呆れた顔で眺めていたが、そろそろ帰らなければならない。
「今日は帰りますね。また何かあればいつでも知らせてください。」
 身支度をし、最後にユーグが帽子を被ろうとしたところ、急に部屋の外が騒がしくなった。しまったと思ったが、間に合わなかったようだ。
「まぁ、ガルニエ様。お久しぶりでございます。あなた、狡いわ。わたくしもガルニエ様とお話ししたかったのに。」
 ドアの傍にふわりとした癖毛を纏めた可愛らしい女性が立っていた。本人も気にしているが、小柄でややふっくらとした体形のせいで年齢よりも幼く見られてしまう。大人っぽいドレスは似合わず、癖毛のせいで髪の毛を纏めるのも大変なのだと、よくユーグにこぼしていた。夫人が悩んでいるのは美しい夫と釣り合わないと思われるのが嫌だからなのだが、その悩みも友人は嬉しくてたまらないらしい。
「お久しぶりです、スコット公爵夫人。元気なお姿が見れて嬉しいです。」
「わたくしも。だって、なかなかイギリスに来てくださらないのだもの。あら、もうお帰りになるの?よろしければ昼食をご一緒したかったのに。」
「ミア、ユーグはこれから用事があるそうだよ。もうお帰りになるから、ご挨拶を。あと、ノックは必ずするように。」
 振り返ると、無表情の友人がこちらを睨むように見ていた。美丈夫が表情を消すと、とても怖いものだということを友人は知らないのだろう。


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