レディ・ジョーカーに祝杯を捧げよ 57
ユーグは友人であるスコット公爵と共に、公爵家の馬車である場所へ向かっていた。
「いきなり連絡して済まないね。」
「大事な友人の頼みだ、気にしないでくれたまえ。」
公爵は嫌な顔をすることなく、快く馬車を貸してくれた。
「馬車を貸してほしいとは頼んだけれど、君までついてきてほしいとは言っていませんよ。」
「なに、私がいた方がいろいろと話が進みやすいだろう?ちょうど暇だったし、付き合うよ。」
そう言ってにやりと笑う友人を、ユーグは苦笑いしながら見た。
「ところで、サマーセット侯爵とは知り合いなのか?」
「いや、会うのは初めてなんだ。先日の夜会にもいたようだけれど、挨拶することが出来なかった。」
「最近はあまり社交界にも出てこないからな。私も、数えるほどしか話したことがない。」
「会ってもらえるのかは分からないけれど、行ってみるしかないと思っているんだ。」
その時、窓の外を見ていたスコット公爵が、御者に止まるよう命じた。
「急にどうしたのですか。」
「あれを見てみろ!誰かがいる。」
そう言われて窓の外を見ると、前方に侯爵家の馬車が止まっていて、二人の女性が馬車に乗り込むところだった。
「今馬車に乗ったのは、サマーセット侯爵夫人だ。」
「今の女性が?随分若い女性じゃないか。」
「君はフランスにいたから知らないだろうが、サマーセット侯爵は夫人とかなり年が離れているんだ。結婚が決まった時、随分と騒がれていた。」
「そうなのか。・・・ああ、君!前の馬車を追ってくれ!」
ユーグは慌てて御者に命じる。夫人の乗った馬車は走り出していて、遅れると見失いそうだ。
「侯爵夫人に用があったのかい?」
「まあね。」
ユーグはそう答えると、馬車を見失わないよう、必死で窓の外を見た。
侯爵家の馬車がゆっくりと止まり、中から二人の夫人が降りてきた。ユーグたちも馬車を止め、二人に気づかれぬよう追いかける。
「あれ、見失ったぞ。」
「仕方ない、出て来るのを待とう。馬車が止まっているから、そのうちに来るんじゃないか。」
二人は侯爵家の馬車が止まっている近くを歩きながら、夫人の姿を探す。近くには、見慣れた建物が建っていた。
「ここは図書館じゃないか?夫人は、どうしてここに来たのだろう。」
「本が読みたかったからじゃないのか。」
「そうかもしれないが、何か引っかかるな・・・。」
しばらく二人で探したが、侯爵夫人たちの姿は見当たらない。ユーグは図書館の中を覗き込もうとする。人は多くないが、夫人の姿は見えない。
「おい、よせよ。変な奴だと思われるだろう。」
「すまない、焦ってしまって。」
「それにしても、少し遅いな。」
公爵がそう言いながら、別の場所に行こうとする。
「あまりここから離れない方が・・・」
そう言いながら追いかけようとしたとき、誰かに強くぶつかったのが分かった。
「失礼!」
木の影になっていて、気づくのが遅れたのだろう。傍にいた女性が「奥様!」と叫んだ。
「大丈夫ですか!」
そう言いながら、ふらりとよろめく女性を抱きとめる。気分が悪いのか、顔が真っ青だった。ゆっくりと目を開け、その美しい焦げ茶色の瞳と目が合う。
「あなたは・・・」
それだけ言うと、彼女は気を失った。
「妻が迷惑をかけたようで、申し訳なかったね。」
「いいえ、私の不注意で奥様に御迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。」
図書館で気を失ったサマーセット侯爵夫人を送り届けたあと、3日後に、ユーグは友人のスコット公爵と共に再びサマーセット侯爵家を訪ねた。
公爵は厳しい顔つきをしているが、人の話をよく聞く人格者という印象を受けた。今日もこうして、あまり親しくないユーグたちのために会ってくれている。
「私はユーグ・ガルニエと申します。普段はフランスにいるのですが、仕事の関係で、少し前からイギリスにいます。」
「ユーグ君か・・・知っているよ。このあいだの夜会でも見かけたからね。」
「御存じでしたか。」
「もちろん。アイヴァー伯爵とは古い知り合いでね。君のことはよく聞いている。」
そう言って、嬉しそうに目を細めた。ユーグはいたたまれない気持ちになる。
「こちらは、スコット公爵です。」
「お久しぶりです、サマーセット侯爵。」
スコットが挨拶すると、侯爵は頷いた。