永代橋
「来週の月曜日ね。」
憂鬱だった月曜日が、唯一の月曜日になった。
毎週来る月曜日じゃない。
「月曜日」になった。
日付と時間を決めて会うのはこれが最後か
最後に会う約束になっちゃった
天気予報を見た
会う約束をしてから毎日見た
18時に雨が降らないか何回も確認した
昨日までは一日雨だったけど、
今見たら17時には晴れそう
最後に会うなら一番可愛くしていきたい
お気に入りの、とっておきの水色のワンピース
初めて出会った日に着たワンピース
彼は覚えていないだろうけど
髪もメイクもネイルも
全部自分のお気に入りで準備した
それなのに
大事な日に限って仕事は忙しい
メイク崩れてるし湿度で髪型も乱れてる
集合場所へ歩きながら
何を話そうか、どんな顔をしようか、思い残す言葉はないか、何を伝えたいのか
考えた
今日まで何回も考えたのに
今日も考えた
月曜日史上、最も頭が回転した
どんどん早歩きになった
早く着いちゃった
いつ来るかな
本当に来てくれるかな
どんな気持ちで来てくれるのかな
面倒に思われてるかな
・・・・
きりがない
ついにその瞬間が来てしまった
見慣れた姿がこちらに歩いてきた
つい、いつもみたいに駆け寄ってしまう
デートの待ち合わせの時
私から駆け寄ると毎回かわいいねと言ってくれたな
今も少しは思ってくれたかな
なんてこんな時でさえ気持ちが浮かれてる
一言目、自分の声があまりにも震えていた
限られた時間
緊張してる場合じゃないのに
震えを誤魔化すように、
一生懸命に声に出した
ベンチ雨で濡れてるから、歩きながら話そう
たくさん話した
言葉と気持ちを思い残さないようにたくさん
雨上がりの空は透明な紺色だった
いつもは見えない星が今日は何個も見えた
夜の高層ビル群からオレンジ色の暖かい光が漏れていた
コンクリートで舗装された河川敷
漆黒の水面は街を鏡のように写してた
端まで行って折り返し
一往復だけにすると決めた
この人と話すの楽しいな
歩いてるだけで楽しい
今日も紳士的な態度で私の気持ちを揺さぶる
好きだな
気持ちは落ち着いてるのに
口では普通に話せてるのに
顔は笑ってるのに
涙が溢れて止まらなかった
彼は横目でそれを見て、少しうつむいた
何を思ってくれたんだろう
本当はもう一往復したい気持ちだった
あなたもそう思ってくれてたかな
少しでも名残惜しいと思って欲しかった
だから最後の別れ際は潔く
鼻をすする音が聞こえた
嬉しいと思ってしまった
今さら何の意味もないのに
マスクに隠れた笑顔で、小さく手を振った
お互いに。
元気でね。頑張ってね。
言った
言ってくれた
今日も私より後に、
いつも私より後に、帰る人だった
最後も、私を先に振り返らせてくれてありがとう
この橋を見る度に、
この通りを歩く度に、
この日の事を思い出す
彼の記憶に
無意識の中でもいいから
今日が残ってたらそれでいい
苦しいから忘れたいけど、大事にしたいから忘れたくない記憶をここに残しておく。
尊敬と憧れが詰まった人だった。
この記憶が、ほんのちっぽけな出来事のように思える時が来たら、もっと上手く書ける気がする。
それまでは、このまま。