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庇を貸して母屋を取られる

その人は

とても優しい男性でした


深夜に財布を盗まれ

途方に暮れていた私


もう来ることはない

バス停で

泣き腫らした顔をし

呆然としていた私に

「どうしたの?」

と車を止めて聞いて来た人


「財布をとられて、、、」


「バス終わっているよ?」

その言葉に頷くと

「うちに泊まっていいよ」

と言うのです


とても静かな

優しくて

寂しそうな声です

私より小柄で細くて

頼りなさそうな

その人に甘えて

「泊めて下さい」と言う


そしてその人のお家へ

行ったのです


「猫好き?」

「はい、大好き」

「拾ったねこたちが

いっぱいいるのよ」

玄関を入ると和室でした

その右側が

猫ちゃんたちの部屋

というので開けて

ビックリ!


ウジャウジャ

居るわ居るわ

「えっ、いっぱいいる!」


「可哀想だから拾ったら

家の前に捨てられて行く

ようになって」


その人は変わらず

静かな優しい声で

言いました


流石に匂いもきつくて

扉を閉めて

和室のお膳の前に座ると

インスタントコーヒー

を入れてくれました


「僕は独り暮らしだから

いつまで居てもいいよ

朝早く仕事に行くから

寝ていてね」


初めてあった女の子に

そんなこと言う人

いないよね〜


でも、初めてあった人に

連れられて

泊めてもらう

自分はもっと可笑しいけど


布団を並べて敷いてくれて

横になると

泣き疲れていたせいか

ぐっすり眠りました


「トントントン」という

まな板の音で目が覚めると

「起こしちゃった?」

「ううん、よく眠れた」

「じや、朝ごはん食べな」


卵焼きと鮭を焼いたのと

お新香を添えて

出してくれました


「ありがとう!」

涙が出ました

こんなに

優しい人いるんだ 


彼は自分で作った

お弁当をぶら下げて

仕事に行きました


私は何だか

やたらに眠くて

また寝たのです

なんにもしないで

ゴロゴロしてたら

彼が帰ってきました


夕飯にカレーを

作ってくれ

二人で美味しく

頂きました


ポツリ、ポツリと彼が

話し始めました

彼には相思相愛の

彼女がいました 

高校時代から

交際していて

将来結婚しようね!

と約束してたのに


突然彼女は

交通事故で亡くなって

しまったのです


それから彼のご両親も

次々と亡くなってしまい

一人息子だったので

たった独り

今の生活をしている

のだそうです


「この家は両親が苦労して

立てた家なんだ」

確か2階建てに見えたので

「お2階はどうなっているの?」

と聞く

「2階はね、両親の知り合いが

住んでいるのよ」

「そうなんだ、貸してるの?」


聞けば

その2階の家族は

行く所もお金もなくて

彼の両親が見兼ねて

2階に住まわして

あげたそうです


家賃など貰った事もなく

「このご恩は忘れない

必ずお金を返す」と


はじめは

言っていたそうです


けれどそれっきり

彼の両親が亡くなると

なんだか様子がおかしい

まるで彼が

居候のように

たまに顔を合わせても

「フン」と横を向き 

挨拶もしなくなった

そうです


「ああ、そうだろうな

こんな優しい彼のご両親も

やはり優しくて何も

言えなかったのね」 

と私は何故か

悲しい気持ちに

なりました


優しい彼が善意で

置いてあげてるのに

知らん顔して

ずっと居座る一家


一体

どう言うつもりなのか


これが

庇を貸して母屋を取られる

なんだな


「弁護士さんとか

相談できないの?」 

「そういうことは

したくないの」

「居たかったら居ればいい」


何というお人好し

なんだろう


彼はもしかしたら

彼女を失ってから

どうでも良く

仕方無しに

生きているのかも

知れない


「今から一緒に

おまわりさんの所に

行ってあげるよ」

そういう彼に

私は

胸が詰まってしまい

何も言えず

「大丈夫」だけ言って

頭を深く下げ


「ありがとう

ご馳走さまでした」と

言って彼の家から

出て行きました 


彼が可哀想で

何だか

涙が止まりませんでした


世の中には良い人も

悪い人も

沢山いますが

良い人って

幸せには

なれないのかなあ

なんて思ったりしました






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