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【あかっぱのブラジル協力隊活動記】Vol.50

こんばんは、あかっぱです(^^♪

今日は、久しぶりにポルトガル語の話を。

突然ですが、今皆さんはカフェに来ています。

コーヒーを注文しました。

そして、店員さんがコーヒーをもってきてくれて、いざ飲もうと思ったら

「あっ」

手が滑って、コーヒーのカップがこぼれて、コーヒーが自分の服についてしまいました。

さて、この時、皆さん、なんといいますか?



もちろん、色々言うことはあると思いますが

「あー、服が汚れちゃったよー」

って言いませんか?


でも、この「服が汚れた」って文章、よく考えてみてください。

変だなって思いませんか?


ちなみに、ブラジルで同じ場面の同じことを言うときにはこういうそうです。

「Eu sujei minha roupa」

「Eu」は「私」

「sujei」は「sujar」という「汚す」という動詞の過去形、つまり「汚した」

「minha」は一人称の所有格(女性名詞)を表すので「私の」

そして

「roupa」が「服」

なので直訳すれば

「私は、私の服を汚した」

となります。

違いがわかりましたか?

ブラジルでは、「私」が「汚す」と言うのに対し

日本語は

「服」が「汚れた」

と言います。

つまり、「服」が(自分で勝手に)「汚れに行った」

って文章的には読み取れませんか?


もちろん、そんなつもりはなくて、意味合いとしては、っポルトガル語と同じで

(自分の不手際で)「私が」「服を」「汚してしまった」

ということではあるんですが、でも、日本語では

「服が汚れた」

って結構、普通に使っているなって思ったんです。


ちなみに、「服が汚れた」って文章も作ろうと思ったら作れて

「A roupa se sujou」

ってなります。

「sujou」は「sujar」の過去形で

かつ

これは「再帰動詞」っていうやつで、「○○が汚れた」という意味合いになって、文章としてはできます。

でも、ブラジルではこの場面ではこの言い方はあまり一般的ではないそうです。


何が言いたいかっていうと、

日本は言葉として、すごくすごく極端に、かつ穿った見方をすれば

「自分が汚したわけじゃないんだ!!!この服が勝手に汚れに行ったんだーーー」


って言っているようにも聞こえるなって。

それに対して、ポルトガル語は

「そうです、『私』がこの服を汚したんです!」

って、ある意味潔いっていうか。

自分は言語のプロでも何でもないですが、なんとなく、日本の

「直接的に言うのは失礼。婉曲的に言うのが上品」

という文化にも繋がっている気がして、ある意味婉曲的に表現しているような気もします。

でも、それが言い方悪く言えば「責任は自分にはない」って言っているようにも聞こえて、でも、それってあるなって気もして。


そんな文章の一つで何かが決まるわけではないですが、その違いと国民性の違いを考えたときにちょっと面白いなって思ったんです。

でも、これも現地に自分が実際行って、自分の目で見てみないとわからない。

表現の仕方の違いも、文化の違いも、自分の肌で感じてきたいなと思います。



さて、訓練所生活もあと一週間ちょっと。

共同生活も約2か月もしていれば、いろいろあるなって、自分と周りの人の関係もそうだし、自分の周りの人同士の関係を見ていても最近、すごく感じる。

そういう人間関係の機微を上手にやっていくことって自分すごく苦手だからこそ、でも、それも自分にとっても一つの勉強だなって!


自分にできることって少ないけど、そして自分にできることって、自分の手が届く範囲のことしかないけど、でも、あと一週間、何より気持ちよく、訓練を終われるように、自分にできることを精一杯やろうって改めて思います!




最後までお読みいただきありがとうございました。


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