見出し画像

Weekly Quest <景気を左右するもの>

(2023年9月11日号)


毎週月曜日にWeekly Questと称し旬な話題を深く掘り下げて投資のヒントにしていければと思います。


内製化の弊害


九月も半ばに差し掛かろうとしていますが、時間の経過はこんなに早かったのか?とあらためて感じる今日この頃です。

さて今週は米国より先に景気が悪化している中国経済について考えてみたいと思います。

最近では中国経済の悪化を伝える記事が増えましたが、貿易の減少は今に始まったことではありません。貿易依存度(GDPに対する輸出入合計額の比率)はすでにピークをつけて、それ以降減少傾向が進んでいます。

これについて、アメリカの経済アナリストはやれ利下げで回復などと表面的なことしか言いませんので鵜呑みにすると判断を大きく間違ってしまうことになりますが(実際、その通りになっていない)、実は2005年ごろから中国は対外的な貿易依存度が徐々に減少し、”内製化” が進んできているのです。


(環太平洋ビジネス情報 RIM 2022 Vol.22 No.86より引用)

最近では半導体部門でもアメリカによる規制が進み、海外への依存度が落ち込んできたという流れです。

しかし、半導体だけは中国国内で開発生産を進めることは難しいです。それもそのはず、半導体はオランダのASML、台湾のTSMCを抜きにしては作れないのです。


(日経新聞2022年6月28日記事より引用)


ちなみに、EUVとは露光技術のことですが、大きなサイズの「回路の原紙」をレンズによって縮小して小さなシリコン基板に回路を焼き付けて半導体をつくる技術です(ちなみに「回路の原紙」を作るのが ARM)。

これは上図でもわかるようにオランダのASMLの世界シェアが100%です。現在ではアメリカにより中国向けの輸出は規制されていますので、ASMLも中国向け輸出をやめています。

今後、中国は独自のEUV装置を設計開発しなければなりません。設計から製造までを今まで外部に依存していた中国は、これらすべてを自国で完結する必要があります。

そのことに中国政府は早くから気がついており、内製化を進めてきたのですが、そう簡単にはいかないのです。しかし、こういった最先端分野の米中貿易は激減しましたが、それでも双方全く貿易を行なっていないというわけではありません。


(日経新聞2023年7月13日記事より引用)


ところで、日経新聞によると米国で中国製医薬品の需要が急増しており、抗がん剤といった命に直結する薬を未承認のまま緊急輸入する事例が相次いているとのことです。

医薬品全体の中国からの輸入額は2022年に前年から8倍に増えたということです。インドでの製薬工場の不具合などで供給が以前から不足しており緊急で輸入許可をFDAが与えたことによるものですが、アメリカの政治家にとっては頭の痛い話になっています。


(日経新聞2023年7月24日記事より引用)


しかし、こういった抜け道的な貿易で中国の景気が回復するとは到底思えません。内製化がしっかりと産業を支えるまでは長い時間がかかります。日本はそれを短期間で実行した世界で唯一の国ですが、日本と中国では政治体制という根本的な違いがあります。中国の景気がしばらく回復しない理由は他にあるのではないかと思います。


政府を信用しない国民


アメリカのアナリストレポートは常に楽観的なものばかりですが、中国経済の将来についても表面的なことばかりに焦点をあてているものが多く、それゆえにその通りになった試しがありません。これはアメリカ国内のインフレについても同様でした。

いうまでもありませんが、中国という国は共産主義の国です。コロナ収束後のリベンジ消費や日本へのインバウンドを見ているとコロナ前と比較すると思ったほど回復していないことがわかります。

中国政府はコロナ禍で三年間に渡りロックダウンを続けましたが、突然「ゼロコロナ政策」をやめてしまいました。

これをご多分に洩れずアメリカのアナリストは楽観的に考え歓迎しアメリカの株価にとっても良い話としましたが、実はそうではなかったのです。中国の成長率は5%をはるかに超えるだろうと言われていましたが、ところがそうはなりませんでした。


蓋を開けてみると耐久消費財の消費や民間投資が激減したままで、一方で家計の貯蓄率が急上昇していきました。日本人と同じように中国人の貯蓄好きは有名ですが、とにかく消費者が資金を消費に回さなくなってしまったのです。

この結果、経済活動はコロナ前の水準にすら戻っていません。GDPに対する家計貯蓄率は50%以上になってしまい、その後も上昇しています。これは今後の中国経済を考えると良い話ではありません。

言わずもがなですが、中国は共産党の一党独裁政治を敷いており、最終的には財産権を管理しています。土地の個人による保有は認められていませんし、いままでは政治に関与しなければいろいろなルールが個人レベルで反故にされることもありませんでした。ところがこれがコロナを機に変わってしまったのです。

中国でのロックダウンは有名な話ですが、実際は相当ひどいものだったということです。共産党の権力を使って零細企業を含む全ての商業活動に強制的に封鎖しました。それもわずか数時間の事前通告のみで容赦ない規制を実行したことはみなさんよくご存知のことです。

これは、「何の事前通告もなく財産や生活も奪われるかもしれない」ということを意味しています。このことが人々に深く影響を与えてしまいました。ゼロコロナ政策の急な解除は、逆に今後、急な政策変更で生活や資産についてのルールも反故にされるかもしれないという恐怖感を国民に植え付けてしまったということです。

こういったことをアメリカのアナリストが重要だと考えていなかったことが、予想通りにならなかった理由です。中国の家計貯蓄率が上昇すればするほど世界の景気は悪化していくことになります。単に先行き不安だから貯蓄に励むというレベルではないのです。

(日経新聞2023年2月11日記事より引用)


このように見てくるなら、中国国内での内製化は長時間かけて進んでいくことになり、政府に対する不信感やそれに伴う貯蓄増加が、景気悪化をもたらし中国を相手に商売をしているアメリカ企業の売り上げもさらに鈍化していくことになります。日本の企業も同様です。

景気の先行きの悪化が予想され貯蓄率が上昇するのは日本でもかつて見られた現象ですが、中国の場合は事情が違うということを肝に銘じておくべきです。おそらく利下げをしたからといって消費が元に戻るということもないでしょう。

貯蓄率の上昇により、世界最大の「買い手」が減少していくことになりますので世界経済に影響しないはずがありません。Appleの中国での売上高はここ数年総じて増加も減少もしていない状態ですが、今後どのように変化していくのかが注目点となります。


最後までお読みいただきありがとうございました。

参考記事:

・FOREIGN AFFAIRS REPORT No.9 2023
「中国経済の奇跡」の終わり ーアメリカが門戸開放を取るべき理由


・環太平洋ビジネス情報 RIM 2022 Vol.22 No.86
中国の貿易依存度低下は何を意味するのか ー市場規模と産業集積が高める優位性とその帰結─