3× 第九話
朝の光が校舎の窓ガラスに反射してキラキラと輝いている。
中学校の生徒たちの賑やかな声が校庭に響き渡り、新しい一日の始まりを告げている。遠くの運動場では、体育の授業が始まる準備で、ボールが跳ねる音が聞こえてくる。
2年3組の教室では、朝のざわめきでいっぱいだ。生徒たちは入ってきては、友達と話したり、笑ったりしている。
しかしゆいは違った。彼女はいつものように窓際の席に座り、外を見ている。
誰も彼女に話しかけない。彼女の周りには、まるで見えない壁があるかのようだ。
ゆいは教室の喧騒から離れた静けさの中で、自分だけの世界にいる。
彼女の目は、教室の外の景色に向けられているが、心はどこか遠くをさまよっている。
彼女の孤独は、周りの生徒たちの笑顔とは対照的に、静かに深まっていく。
そのゆいの前に、卓也と取り巻きが近づいてきた。
卓也はゆいの机の上にある筆箱を不意に落とす。
「おお、悪い。元施設」 卓也達はくすくす笑う。
ゆいは反応せずに冷静に筆箱を拾い上げる。
しかし、卓也は再び筆箱を落とす。ゆいは何度も拾い上げる間、冷めた目で見つめるだけ。
嫌がらせは少しずつエスカレートしていった。
筆箱を窓の外へ投げたのであった。
ゆいは机を両手でバンと鳴らし立ち上がった。
その瞬間素早く卓也の胸ぐらをつかみ、窓の上の腰かけるように持ち上げて乗せた。
「殺すぞ、お前」
空気を切り裂くような怒りを抑えた声に、卓也は恐怖した。
卓也は窓の下を見てさらに震えた。
ゆいの何かやりそうな雰囲気に取り巻きも焦っている。
しかし、冷めたのかゆいは卓也を降ろした。
「な、なんだ、お前。やんのか?」と卓也は精一杯の抵抗をした。
取り巻きをそれをなだめ、小物感たっぷりにその場を後にした。
授業の終わりのチャイムがなる。
「次、移動だから。準備して早めに行くように」と先生の声。
ゆいは次の準備をしているところに誰かやってきた。
それは悟だった。
もちろん知ってはいるが、話すほど仲良くない。というか、ゆいにはクラス全員そんな感じだ。
悟は周りを気にしながら「あの、ゆいちゃん、これ」と手紙を渡した。
「え?」あまりの不意を突かれた顔をしてしまった。
「読んで」と悟は手紙を机に置いて、足早に行ってしまった。
授業が始まり、ゆいはこっそりと手紙を読み返した。
一文が心に残っている。
「 さっきのかっこよかったです。放課後、理科室でお話しませんか?」
ゆいは窓辺に目をやった。
外は晴れていて、光が差し込んでくる。
窓ガラスに反射する自分の顔は、少し照れくさい笑顔を浮かべていた。
理科室は静かで、夕暮れ時の光が窓から差し込んでいる。
実験台は整然と並び、壁には周期表や生物のポスターが貼られている。天井からは星座のモデルが吊るされ、部屋の隅には古びた人体模型が静かに立っている。
ゆいはその人体模型の隣の実験台に腰掛け、外を眺めている。
彼女の目は時折、教室のドアに向けられる。
誰かの足音が聞こえるたびに、期待に胸を膨らませるが、それが遠ざかると、再び窓の外の景色に目を戻す。
ゆいの手には、悟からもらった手紙が握られている。彼女はその手紙を何度も読み返し、ほんのりとした笑顔を浮かべる。
ゆいは、この理科室での待ち合わせが、いつもの孤独な日々に小さな変化をもたらしてくれることを感じている。
そして、ドアが開く音がした瞬間、ゆいの目は輝き、新しい可能性に胸を躍らせた。
「あ、ゆいちゃん。来てくれたんだね?」悟がやってきた。
「あ、うん」ゆいはもう自分がよくわからないくらい胸が高まっている。
「えーと、ごめんね、放課後に呼び出しちゃって。早く帰りたかった?」
「いや、そんな事ないよ」
沈黙。
いつもは気にならない沈黙。
ゆいは初めて何か話さなきゃと思った。
「私、人体模型好きなんだよね」
「え?」悟はゆいのまさかの趣味に面を食らった。
「人ってさー、なんだかんだで、やっぱり外見で判断されちゃうんだよねー。だから、これいいなーって。人間って筋肉とか、内臓がなかったら、みんなこうなんだよね。そしたら、かっこいいとか、かわいいとか、そういうのないでしょ?あ、ごめんね、わけのわからないこと言っちゃってるね」
ゆいの人体模型好きからのその理由で、かなり頭が追いつかない悟であったが、なんとか持ち直す。
「でも僕は…ゆいちゃんの外見好きだよ」
今度は悟の言葉にゆいが面を食らった。悟はさらに続けた。
「内面も勿論だけど、外見も素敵だと思う。骨のゆいちゃんは想像できないけど、その骨より今のゆいちゃんの姿の方が、僕は好きかな」
「あ、ありがとう」
これは何だ?告白か?とゆいは思う。
「…ゆいちゃんは?」
悟はうつむき加減で聞いた。
「え?」
「…僕の外見。…骨の方がいい?」
「いや、そんなことないよ」
「じゃあ好き?」
ゆいは答えに困った。
なぜならこんなことを言われたことがなかったから。
どう答えればいいのだろうか?
別に嫌いじゃないし、そうなると答えはこうなった。
「…いいと思う」
好きに対して、いいと思うはちょっとよくわからないが、好意的なのは確かだった。
すると悟はさらに押してきた。
「ほんと?じゃあ付き合ってみようよ」
「え?」
「僕のこと嫌い?」
「嫌いじゃないけど」
「じゃあ。ね?」
そう言われて、ゆいは頷いた。
「じゃあ、ゆいちゃんからも聞きたい」
「何を?」
「告白」
悟はかなり踏み込んでくるタイプなのか?告白を聞きたいとか通常あることなのか?ゆいはわからなかった。
しかし悟は「お願い」と言ってきた。
恥ずかしいが、断るのも変だし頑張って言うことに決めた。
ずっと一人だったし、何か変わるかもしれないと思ったから。
「…悟君、私と付き合って下さい」
「ごめんなさい」
まさかの答えに、ゆいは困惑した。
悟の堪えて笑う声が聞こえた。そして悟は変貌した。
「お前と付き合うわけねーだろ、バーカ!」
すると理科室のドアが開いて、卓也と取り巻きが笑いながら入って来た。
「こいつ、まじで告ってやんの。気持ちわりー」と卓也が言った。
「さっきの人体模型の下り、ちょーきもかったんですけど」と悟が続いた。
「そもそも、親にも捨てられたお前みたいな奴を、好きになる人間なんてこの世の中にいねーから」
全員爆笑した。
その声がゆいを変えた。
悟の髪の毛をひっぱり、アルコールランプやフラスコなどが入ってる戸棚に連れて行った。
「ちょっと何すんだ」と悟は抵抗するが、ゆいは全く止まらない。
ガラス扉のその戸棚に、悟の頭を突っ込んだ。
ガラスが飛び散り、悟の頭から血が垂れた。
無表情のゆいに卓也達はすっかり引いていた。
ゆいは再び悟の髪を持ち、立ち上がらせて、まだ割れていないガラス扉に頭を突っ込んだ。
「ちょっと、やめろって」しかし卓也の声は届かない。
「お前ら先生呼んでこい」仕方なく卓也は取り巻きに言った。
取り巻きは、悟のことを思ってなのか?それともこの場所に居たくないのか?急いで出ていった。
その間もゆいの壊れた心は止まらない。
ぐったりしている悟に問いかける。
「人体模型を見てるとさ、骨について調べたくなっちゃうのよ。でね、肋骨って何本あるか知ってる?」
悟は意識があるのかないのか見た感じではわからない。
しかしゆいは押してくる。
「すいません、聞いてるんですけど」と悟の髪を掴んでぐるぐる回した。
悟はギリギリの状態で答えた。「6本?」
「あー、肋骨だから6本?正解は…12本。左右合わして24本。では一番折れやすいのはどこでしょう?」
「わかりません」
「折れやすいのは、上から5、6、7、8番なんだって」と言いながらゆいは悟の肋骨を触った。
「この辺だね」
ゆいは素早いパンチをした。
「ぎゃー」悟は痛がった。
「どう?折れた?」ゆいのテンションは上がってきたようだった。
「じゃあじゃあじゃあ、肋骨だけじゃなくて骨の中で、一番折れやすい骨
はどこでしょう?」とゆいは問いかけた。
「ゆいちゃん、もうやめて」と悟は言うが、無視された。
「どこでしょう?」とゆいは肋骨をドンドンする。悟が答えるまでやめそうになかった。
「わ、わかりません」悟は仕方なく答えた。
「正解は…鎖骨」
ゆいは悟の鎖骨を触りながら「鎖骨って、セクシーだよねー」と言って素早くパンチをした。
再び悟の絶叫がとどろいた。
そんな中、卓也は震えながらそれを見ていた。「あいつ頭おかしい」
「あ、ボキッて音するかな。ちょっと録音してみようか?」ゆいはスマホを出す。
録画ボタンを押して、悟の鎖骨にパンチをしようとする。
「やめてください。お願いします。やめて」と悟は暴れる。
ゆいはその姿を見てイライラした。
「もう、声がうるさい。…あー、もう冷めちゃったよ」
そう言うと、ゆいはガラスが割れた扉の中から、アルコールランプを取り出す。
そして、その中身を悟にかけだした。
「何するの?」
悟の不安は的中することになる。
「あなたを外見で判断しちゃったから、私はだまされたの。だから外見で判断しないように、あなたを骨にする」
ゆいはマッチを取った。
「いや、うそでしょ?」と悟は恐怖した。
ゆいはマッチに火をつけようとした。
「篠塚ーーー」
理科室のドアが開き、それは先生の声だった。
「やめるんだ。こいつらから全部聞いた。自分達が全て悪いと言っている。篠塚は何も悪くないと。だから…」
ゆいはマッチに火をつけた。
先生はその行動を見て、さらに続けた。
「篠塚。そんなことしたら、お前の今のお父さん、お母さんが悲しむぞ」
その言葉でゆいの手が止まった。
そのうちマッチの火が消えた。