3× 第八話
暗闇に包まれた倉庫は、古びた木造の壁と錆びた鉄の屋根で覆われていた。月の光が僅かに差し込む中、赤沼整備のトラックが静かに到着した。
赤沼は倉庫に足を踏み入れ、壁に取り付けられた古いレバーに手を伸ばした。彼がレバーを引くと、蛍光灯が一斉にチカチカと点灯し始め、やがて倉庫全体が明るい光で満たされた。
「入っておいで」
ゆっくり喜助が入って来た。警戒心と恐怖心が混ざりながら。
ただ別に拘束されているということはない。逃げようと思えば逃げられる。
でも逃げたところで喜助には行くところがなかった。
「閉めてな」と赤沼は喜助に注文した。
喜助はいかにも重たそうなドアを閉めた。
両親が殺された日に思うことではないが、倉庫というのは15歳の多感な青年にとっては、少しワクワクする。
赤沼はデスクの電気をつける。
そしてコーヒーメーカーからコーヒーを注ぐ。
「飲みたかったら飲んでいいぞ」と赤沼は声をかけたが、喜助は反応しなかった。
しかし、そんなことはお構いなしに赤沼は続ける。
デスクの引き出しを開ける。するとナイフやらが入っている。
「いいか、ここに武器になりそうな物が入っている」
別の引き出しも開けると、そこにも銃やら様々ものが入っていた。
喜助は自然と寄って来た。
こういうものには興味があるみたいだ。
赤沼はバッグをデスクの上に置き、ファスナーを開ける。
その中には満員電車のようにギュウギュウに詰められた、大量のお金が入っていた。
「この中に金がある」赤沼は金額に見合わないテンションで淡々と言う。
むしろ次に見せるノートの方がテンションが高かった。
「このノートは設計図みたいなものだ。何かの仕掛けだったり、君も見たろ?お父さんとお母さんが張り付けられた、あの丈夫な十字架。あの作り方もここに載ってる。まあ、そういうことだ。私は寝るから、君も勝手に寝な」
そう言って赤沼はソファーに横になった。
喜助には赤沼が何を言いたいのかわからなかった。
そんなことを考えているうちに、寝てしまった。
ふと喜助は目を覚ました。
ここはどこだ?
そうだ。両親をあいつに殺されたんだった。
喜助は引き出しに武器があることを思い出した。
喜助はナイフを握りしめ、その冷たさが彼の心の混乱を反映しているようだった。
赤沼に殺された両親の仇としての怒りはあるものの、彼らが暴力的で愛情の少ない両親だったことも、喜助の心の中で複雑な感情を生んでいた。
15歳の多感な時期に、彼は復讐という重い感情を抱え込むにはあまりにも若すぎた。彼の手は震え、ナイフの刃に映る自分の顔を見つめながら、彼は自分が何をすべきか、何を感じるべきかを問いかけた。
赤沼は目を覚ました。
喜助が赤沼に覆いかぶさっていた。
赤沼の腹から血が出ている。
喜助はナイフを赤沼から抜いて、さらに刺した。さらにもう一度刺した。
「なんだ?仇討ちか?」
喜助はもう一度刺した。
ついに赤沼は口から血を吐いた。赤沼は力を振り絞って喜助を弾き飛ばす。
「いてー。やっぱり君は根性あるな」赤沼は息を切らす。しかし喋り続ける。
「いいか、よく聞け。ここにあるものは全部君ににやる。もう私も歳でな、そろそろ辞めようと思ってたところだ。後は、君に託す」
それを聞いて初めて喜助は口を開いた。
「何言ってる?お前を殺してやる」
「君も私と同じ種類の人間だ。君の目を見ればわかる」と赤沼は諭すように言う。
「人殺しのお前と一緒にするな」
「いや、一緒だ。現に今、私を殺そうとしてるだろ?」
喜助は何も返せない。
「いや、それでいい。これで私も辞められる」
しかし赤沼の声はここから張りを増した。
「ただし、君には私を殺させない」
赤沼の口の中からカプセルが出てくる。
「こういう時のために常に仕込んでいた。私は自殺だ。まだまだ君に満足は
与えない。まあ、せいぜい頑張れ。じゃあな」
そう言って、赤沼はカプセルをかじった。
「ちょっと待て…」喜助の言葉は聞こえただろうか?
赤沼は死んだ。
喜助のモヤモヤは最高潮に達した。
「くそー。くそー…」
と叫びながら赤沼を刺し続けた。
赤沼が自分の手で死ぬのを見たかった。
その一心で、喜助はナイフを振り下ろした。
しかし赤沼が最後に見せた、してやったりの笑みは、喜助の心に深い傷を残した。
彼は赤沼を殺すことで、すべてが終わると思っていた。しかし、赤沼が自分で命を絶つことを選んだことで、喜助は自分が望んでいた解放を得られなかった。
その悔しさとやるせなさが、今後の彼を形作っていった。
さて、それから15年後の現在。
その倉庫でそのソファーで喜助はコーヒーを飲みながらノートを見ている。
彼は15年前の出来事を思い出す。
赤沼の最期を目の当たりにした喜助は、その後も彼の影を振り払えなかった。金と設計図のノートを手に入れたことで、彼の人生は一変した。
しかし、あの時のモヤモヤ感は未だに頭にこびりついている。
喜助は帰宅すると、マキが台所に立っていた。
彼女は肩に何かのキャラクターのバルーンを付けている。
喜助は、はしゃいでいるマキは正直好きではない。喜助は彼女の存在に気づいたが、バルーンには目をやらなかった。
「あら、あなた早かったわね」とマキが言う。
喜助はゆいがご飯を食べているテーブルに座った。
マキはご飯を持ってきた。
そして彼女も座り、バルーンをアピールする。
「ほら、かわいくない?」
喜助はゆいに振った。ゆいは不思議そうに顔を上げた。
「あれ、どう思う?」
ゆいはバルーンをじっと見つめた。
「気持ち悪い」
喜助は笑った。「だって…」
マキは二人のやり取りを見て、苦笑いした。
「何よ、2人して。失礼しちゃうわ」
喜助は思い出したかのように口をついた。
「あ、そうだ。居酒屋を辞めたんだ」
マキはイヤな表情を浮かべた。「え?また?なんで?」
「まあ、人間関係のせいかな」
と喜助の理由に、マキは呆れたようにため息をついた。
「何回目だと思ってるの?ちょっとぐらい我慢しなさいよ。コロコロ、コロコロ仕事を変えて、30にもなって恥ずかしくないの?子供じゃないんだから、しっかりしてちょうだい。毎回、すぐ仕事をやめて。プータローと一緒じゃない!」
喜助は机を叩いた。
「プータローと一緒にすんじゃねー、お前、殺すぞ」
場が凍り付いて、喜助の声にマキは恐怖を覚えた。
「何度も言うように、貯金はあるんだから、口出しするな」
喜助の低く小さな声が余計マキを怖がらせた。
そのまま喜助はその場を後にした。
マキは怯えている一方で、ゆいの方はこれと言って変化はなかった。
寝室で喜助はノートに書きこんでいる。
そこには3つと言わず、沢山の×が書かれていた。