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個人的な感想「杉戸洋展ーりんごとレモン」

りんごとレモン。この二つの果物が並ぶ情景を想像してみてください。真っ赤に熟したりんごと、鮮やかな黄色がまぶしいレモン。どちらも私たちの生活に馴染み深いものながら、その二つが並ぶことで、ふと「違い」というものに目を留める。そんな情景が、今回の杉戸洋さんの展覧会「apples and lemon」です。

私が杉戸さんの作品を知ったのは、1990年代のこと。名古屋の画廊で展示されていた作品に、まだ若かった私は惹かれました。それは、絵を「問い」として掲げているような作品でした。どこか見る人を受け入れてくれるかのようなその絵に、当時の私が何かを重ねていたのかもしれません。

再会する90年代の記憶

それから、30年近い時を経て、小山登美夫ギャラリーで再びあの時に感じたような気持ちになる杉戸洋さんの作品と出会うことになるとは思いもしませんでした。SNSで作品を目を通した瞬間、あの時の自分が不意に蘇りました。そして、5年ぶりのこの画廊での個展を絶対観に行こうという期待でいっぱいになりました。

会場で最初に目に飛び込んできたのは、なぜか懐かしいあの当時の記憶を呼び戻してくれる絵でした。なぜなんだろう?と思ったら、その中には90年代のペインティング作品もあるということが会場で配られている一枚の紙からわかりました。
その作品に再び触れることで、私は自然と90年代の空気を吸い込むような感覚になり、「私の中の90年代」がまるで昨日のことのように思い出されたのです。





そして、新作の立体作品であるりんごとレモン。この異なる果物が並ぶことで、二つがそれぞれ持つ色彩や形状、質感の記憶が引き立てられる。その作品の背後に私の90年代の記憶を思い出させてくれたペインティング作品が展示されています。それは、当時の作品が持っていた静かな力強さが、今の視点で再び語られるという、新鮮な体験となりました。


娘と杉戸さんの接点

杉戸洋さんの作品は、私の個人的な記憶だけでなく、家族のエピソードともつながっています。数年前、娘が東京藝術大学で開催する夏の「中高校生向け油絵講座」に参加した際、教えてくださったのが杉戸さんでした。私が名古屋で作品を見ていた頃、まさか将来自分の子供がその指導を受けることになるなんて、思いも寄らない偶然でした。

娘は講座で、「花を描いてみましょう」と指導されたそうです。「描いているうちに、花がただの花じゃなくなっていくんだよ」と言った娘の言葉に、私は思わず、すごいなと思ってしまいました。彼女の中にも杉戸さんが投げかけた「問い」が届いていたのかもしれません。

日常と非日常の間で

杉戸洋さんの作品には、いつも「問い」があります。それは、「日常」という当たり前の中に潜む非日常への視点です。りんごもレモンも、それ自体はただの果物に過ぎません。しかし、その並びを見つめているうちに、どこか不思議な感覚が生まれてくる。それは、私たちが普段見落としている「日常」に気づく瞬間です。

今回の展示では、絵画に加え、FRP素材を用いた立体作品も展示されていました。それらはりんごとレモンが、立体的な存在感を持ってそこに「ある」ように感じさせるものでした。その存在感に私はしばらく引き込まれ、90年代の記憶とともに作品の前にずっとい続けてしまいました。


「再発見」という贅沢

杉戸洋さんの作品は、私にとって「再発見」そのものでした。初めて作品に触れた90年代の記憶、自分自身の変化、そして娘とのエピソード。それらが全て、この展示を通じて交差しました。私は何を見落としているのか、これから何を新たに見つけられるのかと考えてしまいました。

小山登美夫ギャラリーでのこの展示は、静かな対話の中で、新たな発見を楽しむ贅沢な時間を与えてくれます。ぜひ、皆さんもその経験を体験してほしいです。

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kaze akane ビジュアルマーケティング&Pinterestスペシャリスト
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