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2021年文楽初春公演「どじょう!」


今月、国立文楽劇場の初春公演第二部で上演されている『碁太平記白石噺』。個人的にとても思い入れのある演目です。

いったい、どこにそんなに思い入れがあるというのか?

メインとなるのは、華やかな吉原を描く「新吉原揚屋の段」。
傾城となった姉・宮城野と、田舎から出てきたばかりの妹・おのぶが再会し、ともに父親の仇を討つ相談がまとまります。


わたしが好きなのが、その前段にあたる「浅草雷門の段」です。

田舎から出てきたばかりで人を疑うことを知らないおのぶちゃん。
口先だけの悪いヤツにだまされ、あわや売り飛ばされそうになるところを、偶然にも姉の抱え主に救われる…というストーリーの裏で、「どじょう」という大道芸人が、悪いヤツ・観九郎からお金を巻き上げる、まっっったく本筋とは関係ないチャリ場  (こっけいなシーン) が展開されます。

いや、どっちかというと、このチャリ場のほうがメインなのかも? 作者だって絶対、こっちのほうがスラスラ筆が進んだでしょ? と思わずにはいられません。


この『碁太平記白石噺』は、人形浄瑠璃の本場・大坂ではなく江戸生まれ。
当時の大金持ちや医者など、当時の通人たち イコール イケてる人たちによる合作なのですが、中に、戯作者にして落語中興の祖・烏亭焉馬も加わっています。いうたら、ちょっとだけ落語にかかわりのある演目なんですね。
(あ、だからタイトルに「噺」の字が入ってるのでしょうか?)

この烏亭焉馬氏が「雷門」のチャリ場の筆を取ったんじゃなかろうか…と、なんの確証もないのですが、勝手ににらんでおります。


2021 文楽初春公演 2


そしていまから20年以上前、平成9年に見た「浅草雷門の段」が、いまだに目に、耳に、残って忘れがたいのです。

このとき大道芸人「どじょう」を遣っておられたのが吉田簑太郎さん。
いまの勘十郎さんです。
幕が開くと、通行人を相手に「どじょう」が手品を披露しています。
なんやかや、ひとしきりやり終えて最後に、大きな布を揺らして中から
パッ! と出てきたのが…高島屋の紙袋。
あの赤いバラの、です。

文楽を見出して7年ほどたってましたが、夏休みのこども向け公演以外で、こんなちゃんとした古典の演目で、こんなにもハッキリと「現代のもの」が舞台に出てきたのは初めてのこと。
えっ? ナニコレ? 度肝を抜かれました。

後ろで遣っておられる勘十郎さんは
「なにもおもしろいことしてませんが」
という顔で、しれっと遣ってはったのですが、それが余計におもしろい!
むかしのものだと思っていた文楽にとつぜん「いま」が飛び込んできて、
いまに生きる自分とつながっているのを感じた瞬間でした。

その「どじょう」が、お地蔵さまに化けて、悪者観九郎(なんと、パンフレットの登場人物名自体が「悪者観九郎」となってました。人物名にいいもんとか悪者とか付くこと自体、どうかと思う。いい意味で)
その観九郎から、50両もの大金と自分の借金の証文をだましとります。
どっちかいうたら「どじょう」のほうが犯罪者やん!

人間がお地蔵さまに化けて、いろいろなものを巻き上げる筋立ては、
狂言『仏師』や『武悪』を思わせます。

平成九年の「雷門の段」はかけあいで演じられていまして、どじょうを語っていたのが相生太夫。観九郎は緑太夫さんでした。
どちらもお役にピッタリで、とくに緑太夫さんが最後、宙に舞う証文を追いかけながらうわごとのように
「証文…証文…」
と語る様子が、いかにも情けなくて頼りなくて間が抜けていて(褒めてます!)
ああ、緑太夫さんいいなぁと強く印象に残ったのでした。

その後も、なにか探し物をするときにはつい「証文…証文…」と真似してしまうほど、わたしの中に大きなインパクトを残した「どじょう」と「観九郎」だったのですが、翌年の平成10年1月、緑太夫さんは48歳の若さでこの世を去ってしまいました。
いま生きてらしたらきっと、お父様である津太夫の名前を継いで、大きな大きな存在になっておられたに違いありません。


この「浅草雷門の段」が文楽の「おもしろさ」に目覚めるキッカケやったんやなぁと、そして緑太夫さん、好きな太夫さんやったなぁと、そんなことに思いをはせる初春公演第二部でありました。

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