鶴瓶師匠の落語を聞いて 頭の中に浮かんだ声は 後編
毎年恒例の『笑福亭鶴瓶 落語会』@兵庫県立芸術文化センター。
前編にて、この落語会のスタンスや、トリで演じられた『子は鎹』のこと、このネタを鶴瓶師匠にお稽古された、桂文紅師匠について書きましたので、のりしろを付けつつその続きから。
鶴瓶師匠が演じる『子は鎹』は、別名「女の子別れ」と呼ばれるスタイル。
飲んだくれの夫に愛想を尽かした妻が、息子を置いて出ていきます。
元の奉公先で女中として働きはじめ、ちょっと生活も落ち着いたころに、
あいさつがてら知り合いの女性を訪ねたところから噺がはじまります。
「まぁ花ちゃん。あんた、どないしてたん」
と聞かれるままに近況報告をしていたところ、たまたま通りかかった息子の寅ちゃんと再会。これからのことも相談したいので、いまから三人でうなぎでも食べに行きまへんか、と誘われた知り合いの女性が
「まぁうなぎ? わて好きやしぃ」
と、にっこり笑ってひと膝乗り出す場面。
この女性が間に立ったことで夫婦が元のサヤにおさまるのですが、そのとき
「こんなめでたいことないわ。花ちゃん、うなぎでは安いし」
と、泣き笑いしながら言うちゃっかりとした名台詞。
鶴瓶師匠が演じる、このチャーミングで世話焼きな女性の台詞がなぜかこの日、往年の松竹新喜劇の名女優・酒井光子さんの声で聞こえてきたのです。
となると、出て行った妻は四条栄美。
子どもの寅ちゃんは、もちろん藤山寛美さんです。
終演後、鶴瓶師匠にそのことを伝えますと
「あ。『まるで松竹新喜劇を見てるみたいでした』て言うてくれたお客さんいてはったわ」
とのことでした。同じように思った方がいらっしゃったんですね。
おもしろいのは、寅ちゃんもですが、この子を叱る父親の声も寛美さんに聞こえたこと。
親も子も、どちらにも寛美さんの雰囲気があったのです。
現実的には、ひとりの役者が舞台上で親子2役を兼ねる、なんてことは(吹き替えでもない限り)不可能ですが、落語を聞いて頭の中に思い浮かべる「イメージ」なればこそ、でありましょう。
いまの映画・寅さんのようにCGを使わずとも、イメージの中では、亡くなった名優と現役バリバリの役者さんが共演したり、一人の役者さんが2役を兼ねたり、また、興行会社の関係で絶っっ対に共演しないであろう役者さんが芸を競ったりすることができます。
落語が呼び水となって、最高のキャストによる舞台が頭の中で上演されるのです。
前編でも書きましたが、鶴瓶師匠は、六代目笑福亭松鶴師匠から直接落語のお稽古をつけてもらうことはありませんでした。
稽古のお願いをしたところ、顔の真ん前で
「いやや!」
と言われたこともあるのだとか。
そのかわり、ではないかもしれませんが、六代目師匠の落語のテープを起こして速記を取ることになったとき、ほかの誰でもない鶴瓶師匠に
「おまえがやれ」
と白羽の矢が立ちました。
「あいつはちゃんとした大阪弁しゃべるさかいな」
という理由だったそうですが、これがなにより勉強になった、と鶴瓶師匠は語っておられます。
ちゃんとした大阪弁、そして、泣いて笑って心がほっこりするあたたかな世界観という共通項を持つ、鶴瓶師匠と松竹新喜劇。
鶴瓶師匠の高座を聞きながら、頭の中では寛美さんの舞台が思い浮かぶという、なんともぜいたくな体験をさせてもらった今年一月の落語会なのでした。
(と同時に、いまの松竹新喜劇で『子は鎹』を上演したらいいのになぁとも思ったのですが、ネタの性格上どうしても子ども役がポイントとなってくるので、よほど達者な子役がいないと難しいのでしょうか。
いっそ藤山扇治郎さんが子役をやったらいいのかも、とも思いますが…。
子どもの役も大人が演じてしまえる、という部分では、落語はアニメに近いのかもしれませんね)