ごめんねパピイ
うちでは昔,ネコと犬を飼っていました。
ネコは気ままで,
『ねえ,遊んで~』
とゴロゴロ喉を鳴らして近づいてきて,たとえ遊んであげなくても
『あっそ,じゃあいいわよ』
つ~ん,とどっかで別の楽しいことを見つけて勝手に好きなことやっているから気楽なんですけど
犬ってだれかをみつけると
『遊んで! 遊んで!』
って感じでワンワン嬉しそうに吠えます。
『この人,絶対遊んでくれるぞ!』
と,期待するようにちぎれるように尻尾を振ります。
そして遊んであげないと
実に悲しそうな顔して,この世の終わりみたいな声で鳴くのです。
(個人の感想です)
幼稚園の頃,父が知り合いの人から犬をもらってきました。
兄がテレビ漫画の《流星少年パピイ》の名前を取って
『パピイ』
と名付けました。
パピイは白の雑犬です。
ぼくはパピイが好きでした。
毎朝よく3兄弟と父で散歩をしていました。
ある朝散歩中,兄かぼくか弟か忘れましたが,パピイの綱を放してしまいました。
そしたらパピイは喜んでおもいっきり走り出しました。
ぼく達が追いかけたら,あっという間に隣の小路に走りこんで
そこにいた女の子を噛んでしまいました。
それ以来,ぼくはパピイと散歩するのが怖くなりました。
ぼくだけじゃなく,だれも散歩に行かなくなりました。
でもぼくが学校や遊びから帰って来ると尻尾を振って喜んでくれるのです。
ワンッ! と吠え
口から舌を出しハアハアいって
尻尾を思い切り振ってくれるのです。
申し訳ないなあと思いながらも無視して通り過ぎると
悲しいような,遊んで欲しいような,さびしいような顔をするのです。
ヒンッ!
と悲しそうに鳴くのです。
中学生になると散歩も何回か連れてってやったりもしたんですが
散歩中にする糞にうんざりしてしまうのでした。
電信柱におしっこをかけると,またか,と綱を引っ張ってしまうのでした。
高校生くらいになるとほとんど散歩にも連れて行ってあげませんでした。
ほとんど遊んであげませんでした。
でもパピイは,そんなぼくを見かけるたびに
『こいつにしっぽふっても,どうせ遊んでくれないしなあ』
なんて思わず,まるで
『昨日も楽しかったね! 今日も遊ぼうよ!』
なんて感じで,うれしそうに尻尾を振るのです。
それで毎度毎度遊んでやらないと実に悲しそうに
『くーん,くーん』
と鳴くのでした。
毎日パピイの顔を見るたび,鳴き声を聞くたび,罪悪感が襲ってくるのでした。
申し訳ないなあ,と思いながらも遊んでやりませんでした。
大学生の時,パピイが危篤になりました。
横になってハアハア言って目もうつろになりました。
「もうだめかもしれない。」
母が言いました。
「病院に連れて行こうよ。」
「もうだめだ。」
「じゃあ,お母さんもそうするよ。」
思わず言ってしまいました。
「なんだと! もう一度言ってみろ!」
ぼくは黙ってしまいました。
親不孝もんです。ごめんなさい。
クーンクーン鳴いていたパピイはそれからほどなく死んでしまいました。
15年くらい,家で飼ってたのにあんまり遊んであげられませんでした。
どうしてもっと構ってあげなかったんだろう。
ちょっと声をかけるくらい
ちょっと頭をなでるくらい
ちょっと水を飲ませてやるくらい
してやってもよかったのにさ。
ごめんねパピイ,もっと遊んでやればよかったね。
犬を見るといつもパピイの事を思い出して罪悪感を感じてしまうのです。
だからぼくはもう,申し訳なくて犬は飼えません。
余談ですが
《みんなの動物園》で相葉くんがワンちゃんをトリミングしていると
『がんばれワンコ!』って気持ちでじっと見てしまいます。
《ハチ公物語》の映画は悲しくてラスト涙が止まりませんでした。
《ぼくのワンダフルライフ》はうれしくてラスト涙が止まりませんでした。
劇場版《フランダースの犬》なんて大変でした。
当時映画の予告がTVで何度も流れましたが,毎度天使たちがネロとパトラッシュの上に降りて来るのを見ては泣き,ティッシュをとりに走り,奥さんに『バカなんでない?』と言われ,
映画館では冒頭のシスター姿のアロアを見た時から涙目になり,コゼツの旦那が後悔したあたりから涙が止まらなくなり,パトラッシュがネロを探して街をさまようあたりから最後までもう嗚咽つきの大号泣でした。うちの奥さんと子どもたちが引いてました。
ああ,今思い出しただけで涙が出てきます。