「ムーンライトエイリアンズ」第1話
あらすじ
人物表
鷲宮星彦(16)高校生
竹中光(16)宇宙人
かぐや(48)光の母親
久住公晴(17)星彦の友人
小日向恋綿(17)星彦のクラスメイト
徳永雅(16)星彦のクラスメイト
新川椿(16)星彦のクラスメイト
鈴谷茉子(16)星彦のクラスメイト
安達晃一(36)星彦の担任教師
生徒1.2
教師1.2
本文
○かぐや宮殿・主人居間(夜)
T―月
障子で仕切られ、行燈で照らされた畳張りの和室に竹中光(16)とかぐや
(48)が向かい合う形で座布団に座っている。光は三白眼の長い黒髪で、
ブレザーの学生服を着ている。かぐやも同じように長い黒髪で、仄かに白く
光る和服を着ている。
かぐや「地球人を一人、月に連れてきなさい」
かぐやは胸元あたりに右手を出し、手のひらを上に向ける。手のひらからぼ
んやりと半透明の月の幻影が現れる。
かぐや「月の輝きが衰えてきました。異星からの飛来物も見過ごせないものになっています。このままでは、太陽系の周期にも影響を及ぼします。……聞いてますか?」
光「聞いてます」
光は微動だにしない。かぐやは咳払いをする。
かぐや「……月の民の皆も、時期かぐや姫を期待しています。……あなたが、玉桂様に捧げる贄を連れてくることで、民の皆も認めてくれるでしょう。……聞いてますか?」
光「聞いてます」
かぐやは気まずそうな表情で立ち上がり、障子の前に移動する。
かぐや「やり方はあなたに任せます。できるだけ不熟で、活きの良い地球人を連れてきなさい」
かぐやは和室の障子をゆっくりと開ける。障子の先は中庭である。薄黄色の
兎が多数放牧されており、自生している勿忘草を食べている。兎たちの頭上
には竹製の小さな帆船が宙に浮いている。それを見た光は徐に立ち上がる。
かぐや「あなたのために用意したものです。操縦方法は分かりますね? この船にはあらゆる月の情報が……」
説明するかぐやの前を光が気にも留めず素通りして、中庭に出る。
○かぐや宮殿・中庭(夜)
光を追うようにかぐやも中庭に出る。光は帆船の前でしゃがみ込む。
かぐや「……月の情報や技術を詰め込んだものです。くれぐれも人間の前に……」
光はかぐやの話に興味を示さず、帆船の下に居た23センチほどの兎を撫で
ている。
かぐや「……聞いてる?」
光は兎を抱き抱えてかぐやの方を向く。
光「聞いてなかったです」
かぐや「……とにかく、この船で人間を連れてきなさい」
光はどこからか大きな鮭を取り出し、それを兎に食べさせようとする。する
と兎は口を大きく開けてそれを丸呑みする。
光「……連れて行ってもいいですか?」
かぐや「……何があっても逃しちゃダメですからね」
光「そんなこと、わざわざ言わないでください。分かってます」
かぐやはため息を吐く。
かぐや「心配だわ……、色々……」
○鷲宮家・リビング(朝)
T―地球
生活感のない質素なリビングに机とテレビが置かれている。テレビからはニ
ュース番組が流れており、アナウンサーが映し出されている。鷲宮星彦(1
6)はテレビを見ながらブレザーの学生服に着替えている。
アナウンサー「今日は夜まで晴れの予報ですので、運が良ければ南の魚座流星群が見られるかもしれませんね。ただ日本では確認が難しい流星群であると……」
星彦はテレビを消す。
○星琴高校・前(朝)
学生服の生徒が高校に向かって歩いている。星彦がスクールバッグを左肩にかけて歩いていると、後ろから制服姿の久住公晴(17)が走ってくる。公晴は首に水色の石がついたネックレスをつけている。
公晴「わーしーみーやー! おはようっ!」
公晴は星彦の隣で止まり、並んで歩く。
星彦「おはよう」
公晴「なー、今日こそ転校生来るかなー?」
星彦「それ毎日言ってるね。こんなタイミングで来ないって」
公晴「前例がないからって可能性を捨てるのは良くないぞ!」
星彦「今期末テスト前なんだよ。それならちょっと待って二学期から来るでしょ」
公晴「そんなに待てん! 俺は彼女を作って一緒に夏祭りに行くんだ!」
星彦「……もう今のクラス全員からフラれたんだっけ」
公晴「おう、だから美少女転校生を待ってんだろ。そこに賭けてんの!」
星彦「節操がないね、久住は」
公晴「鷲宮もいい加減聞かせろよ。好きな人、どうなの? いねーの?」
星彦「はぁ、それも毎日聞いてくるね。いないって」
公晴「つまんねー男だなー! そんな人生楽しいのかよ? 俺ら高2だぞ?」
星彦「余計なお世話だよ! 久住はそうでも僕は違うから」
公晴「ハハハッ! なぁ、転校生のこと好きになってもいいんだぞ?」
星彦「ありえないよ、転校生も来ないし」
○同・教室(朝)
教室内は30人程度の同じ制服を着た生徒が座っている。公晴と星彦は教室
の後方に隣り合って座っている。教室前方では安達晃一(36)が黒板の前
に立っている。
安達「転校生が来るぞー」
公晴「マジ!?」
公晴は勢いよく立ち上がり椅子を倒す。教室内の生徒がザワザワと喋り出す。
安達「大マジだ。先生は嘘をついたことがない。この人生で一個もないからな」
公晴は椅子に座り直し、星彦を見る。
公晴「だから言っただろ? 前例がないからって可能性を捨てるのはよくないって!」
星彦「あ、あぁ、すごいな、久住は」
公晴「どんな子かな? ボブかな? ショートかな? ベリーショートかな!?」
星彦「髪短めの子がタイプなんだね。そもそも女の子かどうかも……」
安達「入って来なー。多分暖かく迎えいれてくれるクラスメイトが待ってるぞー」
教室前方の扉が開くと、星彦達と同じ制服姿の光が入ってくる。生徒達は再
びザワザワする。公晴は呆気に取られた表情で光を見ている。
公晴「……鷲宮、俺はロングも好きだぜ……!」
星彦はそれに反応せず、同じように呆気にとられた表情をしている。光が安
達の隣に立つ。
安達「……んじゃ、とりあえず自己紹介から」
光は黙ったまま後方の壁を見ている。
安達「……自己紹介してくれるか?」
光「……え、私が?」
安達「そうだぞ。先生が自己紹介をしても生徒達にとっては再放送になっちゃうからな」
光「……みんなが言うところの竹中光です」
生徒達がコソコソと喋り始める。
安達「……先生はみんなが言うところの、で言ってくれて嬉しいぞ。分かりやすさって大切だからな」
光「私は、別に大切じゃないと思います……」
安達は困った表情をする。
公晴「……鷲宮、俺はロングでミステリアスな子が好きだぜ……!」
星彦は依然惚けた表情で光を見ている。
○同・体育館(朝)
体育館内では体操服姿の男子生徒がドッジボールをしている。同じく体操服
姿の星彦と公晴は体育館の扉から外のグラウンドを見ている。グラウンドで
は女子生徒がサッカーをしている。
公晴「竹中さん、かわいいな」
星彦は何も言わない。
公晴「しかし大変だよな。転校初日から六時間目までフルであるなんて」
公晴はスマホと光を交互に見ている。
星彦「……そうだね」
○同・グラウンド(朝)
グラウンドのサッカーコート内では女子生徒が5対5でサッカーをしている。
光と徳永雅(16)を含めた5人は黄色いゼッケンを着ており、小日向恋綿
(17)と新川椿(16)と鈴谷茉子(16)を含めた5人は赤いゼッケン
を着ている。光は恋綿が守るゴールへとボールを運ぶが、茉子にボールを奪
われる。
光「あっ……」
茉子「椿!」
茉子はボールをゴール前にいる椿目掛けロングパスをする。椿は右足のイン
サイドで丁寧にトラップをする。
椿「よっしゃ! 最高!」
椿がゴールの方を向くとそこには光が立っている。
椿「はぁ!? なんでもう居んの!?」
光は動揺する椿からボールを奪うと、一気にゴール前まで駆け上がる。
椿「速っや!」
茉子「はぁっ! 間に合わ……」
雅「行っけー! 光ちゃーん!」
光はゴール前まで上がると、ドリブルの勢いを殺さないまま左足でボールを
ける。素早い無回転シュートは恋綿の顔面目掛けて飛んでいき、顔にあたる
直前で大きく軌道を変えてゴールネットを揺らす。
光「地球の重力難しい……」
雅「あは、あはは! すごいよ光ちゃん!」
雅は興奮気味に跳ねて喜び、椿と茉子はその場にへたり込む。
茉子「何あれ……」
椿「へへへ……、すっご……」
光を中心に女子生徒が騒ぐ中、恋綿は光のことをじっと見つめている。
○同・教室
T―2限目 現代文
教室内で生徒が授業を受けており黒板の前には教師1が立っている。一番後
ろの席に光が座っており、一番前の席に座っている茉子はウトウトしている。
教師1「……大変お疲れな様子の鈴谷」
茉子「ぇ、あ、はい!」
茉子は勢いよく立ち上がる。
教師1「于武陵の勧酒を“さよならだけが人生だ”と訳したのは誰だ」
茉子「うぇぇ……、えーっと……」
茉子は慌てて教科書を捲る。
光「(M)……井伏鱒二」
茉子「え……?」
教師1「ウトウトできる余裕があるんなら答えられるだろ?」
茉子「井伏鱒二……ですか……?」
教師1「……答えられたからって寝ていい訳じゃないからな」
教師1はばつが悪そうな表情で黒板に向かう。茉子は不思議そうに後ろの席
に座る光の方を見る。光はボーッと茉子のことを見ている。そんな光の表情
を見て茉子はフッと笑う。
○同・教室
T―3限目 英語
教室内で生徒達がザワザワとしている。黒板の前には椿が立っている。教室後
方では光が机に突っ伏しており、その隣に恋綿が座っている。
椿「もう先生呼んでくるよ! いいね?」
生徒1「面倒なことすんなって」
茉子「はぁ? 呼ばずに怒られる方が面倒でしょ?」
生徒2「遅れてくるやつに怒る権利ねーだろ」
茉子「お前それ先生に言えんの?」
生徒達が軽い言い争いになっているのを恋綿が心配そうに見ている。突然、
寝ていた光がいきなり体を起こし、バッグから英語の教科書と筆箱を取り出
す。
椿「もう行くからね!」
椿が教室から出ようと扉に手をかけた 瞬間に教師2が入ってくる。
教師2「おーっとと、ごめんごめんごめん。コーヒーこぼしちゃって着替えてたら遅れちゃったよ」
恋綿は光のことを不思議そうに見つめる。
○同・美術室
T―4限目 美術
光の周りに生徒が集まっている。光の前にはモナ・リザのような絵がある。
雅「光ちゃんすごいよ! 見比べてみても完璧にモナ・リザだよ! どうやったの!?」
光「昔一回見たことある……」
雅「ウチだってあるのに! これが才能か!」
○同・教室
Tー昼休み
光が机でたくさんの菓子パンを食べている。光を囲うように椿と茉子と雅が
机を並べて光に興奮気味に話しかけている。その様子を遠巻きに星彦と公晴
が見ている。
椿「サッカー部に入ってよ! 竹中さんのスピードならどのポジションでもいけるよ!」
茉子「ねぇ、私だけに話しかけるやつ、どうやったの? 教えてよ」
雅「今度一緒に美術館行こうよ! 描いて欲しいの沢山あるんだぁ!」
光は3人の言葉に耳を貸さず、バクバクと菓子パンを食べている。
公晴「1日で人気者だな。かわいい」
公晴はスマホと光を交互に見ている。スマホをポケットにしまうとため息を
吐く。
星彦「……なんか、竹中さんって不思議な人だよね」
公晴「お、おおっ! 好きになったのか鷲宮! でもダメだぞ、俺のターゲットだ!」
星彦「違うよ! そんなんじゃないけど、なんか……」
公晴「……ふん、それはそれでつまらん」
教室後方の扉から安達が入ってくる。安達は星彦達に近づく。
安達「おー鷲宮、いい度胸だな。お前だけだぞ、進路面談調査出してないの」
星彦「あっ、……はい」
公晴「まだ出してないのかよ! 俺ですら出したぜ?」
安達「そうだぞ鷲宮。残り二人だった所、今朝久住が出してお前一人になっちゃったぞ」
公晴「先生を困らすなよ!」
安達「お前も言えたもんじゃないけどな。とにかく今日は絶対出せな。残ってもらうぞ」
星彦「……はい」
安達は光の方を見る。
安達「それから竹中、まだ必要書類がたくさんあるみたいなんだ。早く帰りたいと思うかもしれないけど、放課後書いてくれー」
公晴「……居残りだな」
星彦「ごめん、今日は先帰ってて」
公晴「おう。ま、今日はちーっと予定ができたから、俺としてもそっちの方が……」
○同・教室(夕)
教室の机は二つを残して後ろに下げられている。廊下側の席に光が座ってお
り、窓側の席に星彦が座っている。教室前方のドアの前にはスクールバッグを肩にかけた椿、雅、茉子がいる。
雅「じゃーね光ちゃん! また明日―!」
雅は光に手を振る。光は無表情で振り返す。雅達が教室から出ていく。光は
机に向き、書類を書き始める。間隔をあけて隣に座っていた星彦は光にバレ
ないようにコソコソと光の方を見る。
○(回想)星琴高校・前(朝)
公晴「つまんねー男だなー! そんな人生楽しいのかよ? 俺ら高2だぞ?」(回想終わり)
○(元の)同・教室(夕)
星彦「……た、竹中さん!」
光は書類を書いていた手を止め、ゆっくりと星彦の方を見る。
星彦「……は、勉強、できるの? お、教えてもらえたらなー、な、なんてね……」
光は星彦をボーッとした目で見る。
光「……勉強はすごいできる」
星彦「そ、そうなんだ! テスト近いし、教えてもらえたいなーって、思って……」
光は星彦の手元を見る。星彦の手元には書きかけの進路調査票がある。
光「……あなたが今やってるの、勉強なの?」
星彦「あ、これ? これは勉強じゃないよ。……僕進路とかあんま興味なくて……」
光「その勉強は、私わからない」
星彦「いや、これは勉強じゃないって!」
光「悔しい。私にわからない事があるなんて」
星彦はフッと笑う。
星彦「……竹中さんは、どの教科が得意なの?」
光「……天文学」
星彦「……僕ら文系クラスだから天文学やらないよ」
光「……えっ?」
星彦「知らなかったの!? 気付いてよかったね」
光「天文学……、ないの……?」
星彦「そんなに天文学好きなんだ。……僕も好きだよ。まぁ趣味の範疇を超えないけど」
光「かわいそう、私には勝てないのに……」
星彦「竹中さんの中では僕が圧倒的に負けなんだね。でも僕だって自信あるよ? 家に望遠鏡あるし、プラネタリウムもあるし、それに宇宙人と喋った事だってあるよ!」
光「そう……」
星彦「うん。本当に伝わってる?」
光は星彦をボーッと見ている。
○(回想)かぐや宮殿・主人居間(夜)
かぐや「やり方はあなたに任せます。できるだけ不熟で、活きの良い地球人を連れてきなさい」(回想終わり)
○(元の)同・教室(夕)
光「……あなた、名前は?」
星彦「……鷲宮星彦、です……」
光「……鷲宮君は、元気な人?」
星彦「え? え、うん。まぁ元気だけど……」
光「……じゃあ、鷲宮君は、若い人?」
星彦「……う、うん。まぁ……僕ら同学年な訳だし、若いと思うけど……?」
光「……じゃあ、私の家に来て」
星彦「……は?」
○同・廊下(夜)
人気のない廊下をスクールバッグを肩にかけた光が歩いている。その一歩後
ろを星彦が歩いている。
星彦「……待ってよ竹中さん! 全然話が見えてこないよ!」
光「……だって、天文学が好きなんでしょ?」
星彦「それは、そうだけど……」
光「なら、来たほうがいいと思う……」
星彦「それが全然わかんないんだよ!」
光「……私の家、月にあるの……」
星彦「え」
星彦は立ち止まる。
星彦「え、えぇ? 月に、住んでる、の……?」
光「……うん、校舎の裏に船を置いてあるからそれに乗って……」
光も立ち止まる。
星彦「えへ、へへへ、竹中さん、不思議な人だとは思ってたけど、想像以上だね……」
光「……信じてないの?」
星彦「ハハハッ、いや、信じてないとかじゃないよ。面白い話だなーって……」
光「別に面白くないけど……」
廊下の奥から足音が聞こえる。光と星彦は足音の聞こえる方を見る。暗がり
から公晴が出てくる。
公晴「鷲宮! お前っ! 興味ないフリしてたくせに!」
星彦「あっ、久住、予定があるんじゃ……?」
公晴「おう、これからな。……それから、ついでに言うと竹中さんは一切嘘なんかついてねーぜ」
星彦「え?」
公晴「現かぐや姫、一兎新月の娘で、次期かぐや姫候補のお姫様だよ。そこにいる、みんなが言うところの、竹中さんは」
公晴はスマホを鷲宮達に向ける。スマホには白く仄かに輝く和服を着た光が映っている。
星彦「……言ってる意味がわかんないよ久住。なんで久住が……」
光「……あなたも、地球人じゃないんだ」
星彦「何言ってんの、そんなわけ……」
公晴「何回も言ってるだろ鷲宮。 前例がないからって可能性を捨てるのは良くない、ってな」
公晴は首にかけていたネックレスを取り、水色の石を飲み込む。
公晴「地球人としての生活も、まぁ、悪くなかったんだけどさぁ……」
公晴の体は段々と大きくなっていき、皮膚が青色に変化していく。
公晴「こんなツいてる時に勝負に出ないのは、バウンティハンター失格だからな
公晴は身長2mほどになり、腕には魚の鰭のようなものがついている。公晴
は宇宙人のインディゴ(17)へと姿を変える。
星彦「久住……、お前……」
星彦は呆然とインディゴを見る。
インディゴ「初めましてお姫様、俺はヴァンマーネン星のインディゴ=ヴァン=キース。あんたは知らないと思うが、あんたに莫大な懸賞金がかけられている。かぐや様は、もう少し部下を疑った方がいいな」
光「知らなかった……困る……」
インディゴ「さっきまでクラスメイトだったあんたを狩るのには気が引けるが、俺達だって生きていくのに必死なんだ。悪いな」
インディゴは右足で軽く地面を蹴り勢いよく光に近づこうとする。光は咄嗟に肩にかけていたスクールバッグを左足でインディゴ目掛けて蹴る。インディゴはそれを左に避け止まる。光は星彦の方をも見る。
光「……逃げなきゃ」
光は星彦の手を取って目にも止まらぬ速さで走る。
星彦「うわぁぁぁぁ……!」
廊下から光と星彦の姿が見えなくなる。
インディゴ「はぁ、やっぱそうなるよな……」
○同・下駄箱(夜)
光は下駄箱で丁寧に靴を履き替えている。星彦は下駄箱に呆然と立ち尽くし
ている。
星彦「はぁ……はぁ……」
光「ここ、危ないと思う……」
光が靴を履いて立ち上がり、外に出ようとすると、出口にはインディゴがすでに立っている。
インディゴ「俺はさ、逃げるターゲットを狩るのって苦手なんだよな。だから、こう見えて結構戦略的なタイプなんだ」
インディゴはスマホを取り出し、光に画面を見せつける。そこには縄で縛ら
れた雅の写真が表示されている。
光「あっ……」
インディゴ「こんぐらいの理由がありゃ、あんたも逃げないでくれるか?」
光「誰だっけ……?」
インディゴ「ハッ、さすが月の民、薄情な奴だぜ」
光「……でも、一緒に美術館行こうって言ってくれた人だ」
インディゴ「その気になってくれた? 意外と大変だったからっ……!」
言い切る前に光がインディゴの顔面を拳で殴る。
光「どこにいるの? 教えて」
インディゴ「……ようやく仕事の時間みたいだ」
光は星彦の方を見る。
光「わ、わし……、えっと、貴方は早く逃げて」
○同・廊下(夜)
光とインディゴはぶつかり合いながら廊下に転がり込む。
インディゴ「ハアッ! ハアッ!」
インディゴが口を大きく開ける度、口から青色の光線が発射される。光はそれを顔に当たる直前で首を傾け、ギリギリのところで躱しながら、インディゴに歩いて近づく。
光「こんなの当たんない……」
インディゴ「危険予知か。丁寧に育てられたんだな」
歩いて近づいていた光がインディゴの前から姿を消す。次の瞬間、インディ
ゴの背後から現れ後頭部を蹴る。
インディゴ「ぐっ……、不意打ちばっかだなぁおい!」
光「あなたが先に卑怯なことするから……」
インディゴは光の足を掴んで扉に向けて投げる。扉は壊れ、光は音楽室の中
に入る。
○同・音楽室(夜)
埃が舞い視界が悪い音楽室に、インディゴが入ってくる。
インディゴ「チッ……、面倒しちまったな」
インディゴは歩きながら視界に入った机を蹴散らす。
インディゴ「どこだ……?」
光「(M)お箸を持つ手の方……」
インディゴは咄嗟に右を向いて構える。光はインディゴの背後から現れ、手に
持ったシンバルを思い切り鳴らす。
インディゴ「いっ……!」
インディゴは耳を抑える。その隙に光はインディゴのボディを殴ろうとする
が、インディゴは咄嗟に間合いをとる。
インディゴ「右じゃねえじゃねえか!」
光「私左利きだから……」
インディゴ「知るか……よっ!」
インディゴは足で地面を思い切り蹴る。その次の瞬間には光の目の前に現れ、
口を大きく開いている。青色の巨大な光線が至近距離で光に放たれる。それ
を食らった光は壁を突き破って校舎裏に出る。
○同・校舎裏(夜)
校舎裏は林のように木が沢山生えており、薄暗い。その端の方に、光が乗っ
てきた竹製の帆船がある。光は校舎裏に倒れている。インディゴはそこにゆ
っくり歩いてくる。
インディゴ「流石のあんたでも、あの距離じゃ避けれんよな。……もう一発至近距離で放ちゃあ、流石に死ねるだろ」
インディゴは倒れ込む光の前に立ち、口を大きく開く。口内から青く強い光
が漏れ出している。インディゴは光を見てフッと笑う。その瞬間、星彦が横
から現れ、インディゴを押し倒す。ためられた光線はあらぬ方向に放たれる。
星彦「っだぁ! 久住! 何やってんだよ!」
インディゴ「鷲宮ぁ、邪魔する奴なら友人だって殺せる俺なんだぜ。気は進まんがな」
インディゴは星彦を振り払う。星彦は地面に叩きつけられる。インディゴは
立ち上がり、光の前に立つ。
星彦「くっ……! ダメだ!」
インディゴ「今度こそ死んでもらうぜ」
インディゴは口を開き、光線を光に向けて放つ。放たれた光線は地面にぶつかり、
土埃を上げる。
土埃が収まる。そこに光の姿は無い。
インディゴ「はっ……?」
光「私、幻影だけはお母様より上手なの……」
光がインディゴの背後から現れる。
インディゴ「なっ……!」
光はすかさずインディゴの正面に立ち、腹部を思い切り殴る。殴られたインデ
ィゴは停められた帆船の前まで吹っ飛ぶ。
光「正面からなら、卑怯じゃない……」
インディゴ「ガハッ……!」
インディゴは竹製の帆船の前まで吹っ飛ぶ。光は倒れ込んでいる星彦に駆け寄る。
光「あんなことしてくれなくても平気だったのに……、かわいそう……」
星彦「へへへ、褒めてくれてもいいのに……」
光「……でも、無事でよかった……」
星彦「えっ……」
星彦は何も言えなくなる。
星彦「(M)そんな……、そんなわけ……」
帆船の前で倒れるインディゴは空を見上げている。
インディゴ「(M)確かあのお姫様、この船に乗ってきた、とか……」
インディゴはニヤッと笑う。
星彦は光の支えで立ち上がる。
星彦「あ、ありがとう……」
光「……あれ、あれが私が乗ってきた……」
光が言い切る前に、大きな爆発音がする。二人は咄嗟に爆発音の方を見ると、
インディゴによって破壊された帆船がそこにある。
インディゴ「これで! もう! 本当に逃げられないなぁ!」
光「うわぁ……、爆発、初めて見た……」
インディゴ「それに今夜は流星群だ。南の魚座が地球に近づく」
星彦「はっ……」
○(回想)鷲宮家・リビング(朝)
星彦がテレビで流星群のニュースを見ている。(回想終わり)
○(元の)同・校舎裏(夜)
星彦達の頭上に流星が流れる。
インディゴ「俺は魚座の星、ヴァン・マーネン星のバウンティハンターだぜ……!」
インディゴは壊れた帆船の上でメキメキと体を変化させ、全身はよりトゲト
ゲとした鱗に覆われ、顔は完全に魚のようになる。
インディゴ「アア……アア……アガァッ!」
光「はっ……危ない!」
インディゴ「アアッ……?」
壊れた帆船の中から一匹の兎が出てくる。兎はインディゴのことを凝視して
いる。
光「ダメッ……!」
兎はインディゴを見て涎を垂らしている。兎はインディゴの上半身を飲み込む。
インディゴ「ア」
星彦「はっ……! えっ!?」
光「食べちゃダメ! 絶対体に悪い!」
光は兎に駆け寄ってインディゴの足を引っ張る。
光「手伝って……!」
星彦「あっ、うん!」
星彦もインディゴに駆け寄る。
×××
光が胸元に兎を抱えている。その隣には星彦が立っており、二人の足元には
気絶したインディゴが縄で縛られて倒れている。
星彦「その子、すごいね……」
光「コユウザって言うの……」
星彦「ずいぶん変わった名前で……」
光「もうあんなの食べちゃダメだからね……」
光は壊れた帆船の方を向く。
光「帰れなくなっちゃった……、直せるかな……」
星彦は壊れた帆船を見て、光の背中を見る。
星彦「……僕も、手伝うよ」
光「……えっ」
光が星彦の方を見る。
星彦「いやっ、全然、そんなことできるかわからないけど、僕も、関わってるわけだし……」
光「いいのっ!?」
星彦「あっ、ハイ……」
光「フフッ、ありがとう……!」
光は笑みを浮かべて星彦を見る。星彦はその笑顔を見て顔を赤くして固まっ
てしまう。
星彦「(M)どうしよう……! どうしよう……! これは、どうすればいいんだ……!」
第2話
第3話