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② スリリングな愛に翻弄される。銀座ホステス まり絵(仮名)の場合

   なぜ私の愛はむくわれないの? からまわりなの?
 愛は嬉しいもの、幸せなもの、楽しいもの。そう思いたい。
 それを心も体も求めている。
 なのになぜ、正反対の孤独や苦しみにおちいってしまうの?       このコラムは、そんな女達のなぜに向き合い、どうしてそうなったかの恋愛心理を解き明かしていく連載です。

ジェットコースターのようなスリリングな愛。             いつもいつも、身の危険さえ感じるようなスリリングな愛に身を焦がす女性たちがいます。                           なぜそんな恋にひかれて行くのでしょうか。

銀座ホステス まり絵(仮名)30歳の場合

 まり絵の話。
 私の故郷は、九州福岡です。
 福岡で設計事務所を開業する建築士の父と、専業主婦の母の間に、2男1女の末子として、生まれました。
 始めて生まれた女の子。
 父は、それはそれは可愛がってくれたのです。
 家ではいつも父の膝の上にいて、職場や行きつけの酒場にも連れて行ってくれていたようです。
 専業主婦の母は、とてもお洒落で料理上手。
 来客も多く、華やかなパーティーもよく開いていました。
 私は幼い時からピアノやバレーを習い、お洒落な母の趣味で、髪をブリーチしたりパーマをかけたりしていましたから、とても目立った少女だったと思います。
 だけど、本当の所は、家は火の車だったようで、借金取りが家のドアを叩いたり、父と母が激しく喧嘩して警察が来たり、いざこざが絶えませんでした。
 父の会社が倒産したのは、幼稚園の時です。
 知人から紹介された不動産事業に投資して、多額の負債を負ったようです。
 建築設計事務所も手放してしまったのです。
 住んでいた家も手放して狭いアパート暮らしになり、父は気落ちしたのか仕事をしなくなりました。
 変わりに母が働きに出ました。
 最初は事務系の仕事だったのですが、収入がいいからと、博多のクラブの雇われママになったのです。
 母は生き生きとしてきました。
 贅沢な品を身に付け、帰宅すると酒臭く、時には未明男性客に送られて帰ってくることもありました。
 当然、父と母とは大喧嘩です。
 母は、
「こうなったのはあんたのせい」
 と父を責めるし、父は母を、
「母親失格じゃ、男がいるんだろう!」
 と責めたてます。

 まだ若く美しかった母には、色んな男性が言い寄ってきたようです。
 だけど母は、あろうことか、私達の元家庭教師だった学生と、駆け落ちしてしまったのです。
 残された父はやけをおこして、酒びたりの生活になりました。
 私が高校生の時に体をこわしてなくなり、私は祖母の家に引き取られました。
 アルバイトをして短大を卒業したのち、私は信用金庫で働きました。
 会社の上司から紹介されて見合いをし、堅い企業に勤めていた男性と婚約したのです。
 婚約者は真面目でおだやでやさしい男性でした。
 義父母もとてもいい人だったんです。
 結婚式場も予約して、新婚旅行もハワイに決まっていました。
 このままでいけば、私も、結婚、出産、子育てと、女の人生を歩んだことでしょう。
 だけど、結婚前にアルバイトしていたレストランの店長の明(仮名)と恋に落ちてしまったんです。
 どうしようもないほど、彼が好きになりました。
 職場でもいつも目で彼を追っていました。
 婚約者を裏切り、明と体を重ね、恋の炎と快楽に酔いしれました。
(この人と別れられない!)
 私は初めての恋に夢中でした。
 結婚式をドタキャンして、彼と東京に逃げたのです。
 着の身着のままでした。
 明はとてもかっこよく、人懐っこく愛嬌のある明るい男性でした。
 やばい人たちとの付き合いもあったようで、危険な香りのする人でもあったのですが、そこもまた魅力だったのです。
 最初は楽しかった。
 小さなアパートを借りて、ままごとのような生活。
 幸せだった。
 だけど、明の女癖の悪さが、すぐに露見しました。
 明はホストクラブに勤め始めて、すぐに頭角をあらわしましたが、私とは女関係で喧嘩が絶えなくなり、時には彼に暴力をふるわれました。
 明はお前よりもっとやさしくてもっと尽くしてくれるいい女を見つけたと言って、部屋を出て行ったのです。

 私は明が作った借金を背負い、水商売に入りました。
 今は銀座のクラブホステスをしています。苦労しましたが、なんとかここまでやってきました。
 でも今では私も30歳。
 ナンバーを張ったときもありましたが、もう若いからとちやほやされる年齢ではなくなりました。

 客と恋したこともありましたが、どこか明に似たタイプで、私を裏切り、他に女を作り、暴力を振るう人ばかりです。
 銀座ホステスといえば、華やかに見えるかもわかりませんが、実際は高価な着物もすべて自前、お客さんのツケは、全部ホステスの借金になるんです。
 太い客でも捕まえられれば違うでしょうが、甘い世界ではありません。
 明への恋に目がくらんで、私は真面目で誠実だった婚約者を捨ててしまいました。
 もう田舎へ帰ることもできません。

「婚約者さんと、明さんとの違いはどう言ったところですか?」      質問すると、
「婚約者だった男性は、私を愛情で包んでくれ、安心させてくれるタイプです。一方明は、いつも私をハラハラ・ドキドキさせるんです。約束のデートに来なくてすっぽかされたり、他の女にすがられてそっちに行きそうだったり…」
「いつもアドレナリン全開、って感じですか?」
「そうです。その通りです」
 まり絵は表情を輝かせました。
「スリリングって言うのかな…。婚約者を裏切り、祖母に恥をかかせ、故郷にいられなくなって東京に出奔する時も、列車に乗って出発のベル音を聞いていると、まるで自分が、映画の中の主人公になっているような気がして、興奮しました」
 まり絵は頬を紅潮させる。
「なじみがないのかなあ」
 ふっと彼女は呟いた。
「何に?」
「おだやかな気持ち、おだやかな暮らしに。私、そう言うのに慣れていないから」
 まり絵は寂しそうに笑いました。
 目の前のまり絵は、長い髪を巻き髪にして、ブランド物のエレガントでゴウジャスなワンピースに身を包んだ、それはそれは美しい妖艶な美女です。
 でもどこか表情には、いつも寂しさが付きまとっていて、薄倖の人、そんな雰囲気を感じさせます。

 幼い時から、家の中が揉めていて騒動が絶えず、夜もおちおち安心して寝られなかった。
 子供をはぐくんでくれる巣の中にいるような安心感や愛情を、感じたことがない。
 むしろ、いつも精神的には、不安定できびしい危機的な緊張を強いられる状態だった。
 すると、いつもアドレナリンが出ているエキサイトな生き方の方にこそなじみがあって、そう言う生き方やスリリングな恋している時に、高揚と充足感を感じてしまう。
 穏やかな幸せが物足りずに、危険な恋を求めて走ってしまうことがあります。
 まり絵も、故郷の婚約者さんは、とてもおだやかな人柄だったと言います。
 彼といると、なんの揉め事もなく、不安感もない。
 でも幼い時から揉め事続きで、そんな生活になれていなかったまり絵は、明日の暮らしさえどうなるかわからないような、エキサイトで危険な情況の方にこそ、むしろ心情的になじみがあって、そっちを選んでしまうんです。
 だから危険な人に惹かれてしまう。
 そっちが本物なんだと思ってしまう。
 おだやかな幸せを知っている人は、おだやかな幸せのよさがわかるから、そのおだやかな幸せややさしさに惹かれる。
 でも知らない人には、おだやかな幸せのよさがまったくわからず、物足りなさを感じてしまうことがあるのです。
 そしてスリリングな方に惹かれてしまう…。
 次に紹介する早苗さんは、その典型のような恋の仕方と言えるかも知れません

○アドレナリン全開の危険な恋、車に拉致されそうに
   早苗(仮名)31歳 デリヘル嬢

 一度目の結婚は20歳の時。
 最初の夫は、やばい人でした。
 知り合った時私は、まだ洋裁学校の専門学生。
 飲みに行ったバーのマスターだった彼は、最初は親切でおちついた大人の男性に見えました。
 かっこよくて、羽振りがよくて、誘われてデートするとなんでもおごってくれる気前のいい男性だったんです。
 彼は40歳でしたが年齢差は全然気になりませんでした。 
 私が学校を卒業するのを待って結婚。
 新婚二日目で、彼に暴力を振るわれました。
 交際の時には、彼は本性を隠していたのです。
 朝食のパンに塗るバターを買ってなかった。
 そんな理由でいきなり殴られたんです。
 彼は私に隠れて危ない薬をやっていたようです。
 そう言うときには、目がすわっておかしくなっているのです。
 結婚した途端、毎日のような暴力の嵐。
「あいつに色目を使っただろう!!」
「その服装はなんだ! そんなに男の気を引きたいのか!」
「ふてくされた態度しやがって!」
「おれが生野菜は嫌いだっていってるだろう」
 そんな理由で、いきなり拳固やパンチが飛んできて、壁までぶっ飛ばされます。
 気を抜く暇が、ありません。
 ある時、
「そろそろ夕食にしようか」
 何気なくそう告げただけで、ばーん! と突き飛ばされたことがあります。
「な、なんで!」
 思わず叫ぶと、
「俺に命令するな」
 と彼はにらみ付けて吼えました。
 
 夫は夕刻の4時ごろ出勤して、明け方帰ってくるのですが、うとうとしていようものなら大変です。
「俺が働いているというのに、なぜ待っていない。俺を心配していないのか!」
 寝ている私を蹴っ飛ばし、泣かんばかりに怒り狂うのです。
 
 夫の母は彼が3歳の時に彼を置いて家を出て行ったそうです。
 泣きながら告白した彼の話を聞いて、彼に同情していた私は、(彼は愛情に飢えているんだ)と自分に言い聞かせ、ついそんな理不尽な暴力にも耐えてしまったのです。
 彼が可哀想だった。
 テーブルをひっくり返し、壁に穴を開け、すさまじい暴力を発散させた後の彼は打って変ってしょげかえり、
「許してくれ、もうけっしてこんな事はしない。俺は、お前だけを愛している。お前だけが俺の救いなんだ。大好きなんだ。これからは改心して、いい夫になると誓うから」
 平身低頭、手をつき涙を流して私に謝るのです。
 そうすると、彼の気持ちが痛いほどわかる私は、彼を許してしまうのです。
 でも、浮気を疑われ、包丁で右腕を刺された時には、さすがにもうだめだと思って、ついに彼の元を逃げだしました。
 私に同情して、思いを寄せてくれた、彼の店で働いていた従業員、一樹と一緒でした。
 手に手をとっての逃避行。
 東北の温泉地に逃げて、小さなアパートをかり、二人同じ旅館で働いたのです。
 彼との生活で子供も生まれました。
 最初の頃はやさしく真面目だった一樹。
 でも子供が生まれて半年もしないうちに、ギャンブルと酒と女に溺れるようになりました。
 生まれたのは男の子でしたが、彼は自分の子供にさえ嫉妬するのです。
 しかも、彼がギャンブルでこしらえた借金の取立て屋が、昼夜かまわず部屋のドアを叩き、怒鳴り込んできます。
 彼らに、車に引きずり込まれ、拉致されそうになったこともあります。
 さいわい、おまわりさんが通りがかって、事なきをえましたが。
(このままでは危ない)
 私は子供を抱えて、バッグ一つで夜逃げしました。
 子連れOK、母子寮ありの、北陸の大型旅館に住み込みで働いたのです。
 懸命に働き、一年でアパートを借り、地元のデパートに就職することができました。
 子供と二人暮らしの落ち着いた生活が始まりました。
 でもたまたま同僚と二次会で行ったホストクラブで、私は竜二と知り合い、彼の熱心さにほだされて関係を持ってしまったのです。
 彼に逢いたい、彼に好かれたい一心で、私は彼に金銭を貢ぎました。
 そして、彼に紹介された、十一と呼ばれる闇金融業者からの借金を重ねてしまったんです。
 金利を払うだけで精一杯。
 仕事場にも取立ての電話がかかってきて、生きた心地がしません。
 竜二からもこのままじゃやばい。払えなきゃお前が指を詰めろと言われている、金を作ってくれと泣きつかれます。
 竜二の部屋で話し合っていたとき、刃物を持った男達が押し入ってきて、窓から逃げ出したこともあります。
 アパートの部屋の権利も闇金融の債権者に取られて、またもや宿無しの生活が始まりました。
 すぐにお金になる仕事。今はデリヘルで働いています。
 私は幸せと愛を求めているだけなのに、どうしてこうなってしまうのでしょう。
 私は恋愛中毒症なのでしょうか?
 
 早苗は、頭のよく聡明で美しい女性です。
 その彼女が、子供もありながら、なぜ、危険な恋に走ってしまうのか。
 落ち着いた生活を手放して、今にも崖から真っ逆さまに転落しそうな危険な崖っぷちの人生を選んでしまうのか?
 

 早苗さんの生い立ちです。

 父親は秩父の名家の出身だそうです。東京の大学に入学して、レストランのママだった母と知り合った。
 母のほうがバツ一で7歳年上です。
 二人はすぐに恋に落ち、母が私を身ごもって結婚。
 最初は大反対されたそうですが、孫の顔を見て、父親の両親も許したそうです。
 父は大学を卒業しても働きませんでした。
 生計はレストランを経営している母が立ててました。
 でも外食産業チェーンも増え、店は売り上げが苦しくなったらしく、パチンコや競馬、友人との飲み会ばかりに出かけている父を母は顔を見るたびになじっていました。
 二人とも気が強いので、食器が飛び、家具がこわれ、あるときは父が家に火をつけて、消防車が5台も家を取り囲んだのです。
 さいわい、ぼやですんだのですが。
 弟は、いつも怯えて泣いていました。

 父はあまり家に帰らなくなり、母は私と弟を虐待しました。
 玩具をかたづけてないと言っては殴られ、
「今日は卵焼きなんだね」
 何気なく言うと、
「おかずに文句つけるのなら、食べなくていい!!」
 卵焼きがバッと目の前でゴミ箱に捨てられました。
 大好きなおかずだったのに…。
 その日は夕食を食べさせてもらえませんから、ずっと空腹なままです。
 一度、洗濯物がたたんでないと言って激高した母が、私を裁ちばさみを持って追いかけてきて、はだしで表に飛んで逃げたことがあります。
 弟が泣きながら母をとめようとしていました。
 母は父と別れ、店に来ていた客のサラリーマンの男性と再婚しましたが、義父も私を虐待しました。
 90点以上とらないと、夕飯たべさせないとか、ささいなことで口答えするな! と平手打ちされたり。
 私が中学生になると、母がいないときに私の体を触ろうとして、抵抗しました。
 下着をよこせと言われたこともあります。
 母は、
「お前が気のあるそぶりをするから。ませたいやな子だ」
 私が悪いと怒るのです。
 こんな家ですから、私は高校を卒業する前からスナックで働いたり遊びで飲みに行くようになり、最初の夫と若くして知り合ったのです。

 私には穏やかに幸せにすごした暮らしの記憶がない。
 いつも何かに逃げ惑っていた。戦火のような日々ばかり。
 だから、幸せで落ち着いた日々が訪れたとしても、それはどこか違うと感じてしまう。
 今までの記憶に刷り込まれているから。
 怖かったり、危険だったり、不安だったり、寂しかったり、悲しかったり、そんな気持ちの混じっている方が、本当の愛情や恋なんだと感じてしまうのかも。

 早苗さんのその気持ち、私もとってもよくわかります。
 なぜなら、私もまたダメンズウオーカーの一人だったからです。

私のダメンズウオーカー告白。
次号に続く

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