マイヘアの「翠」に救われる
My Hair is Badのアルバム「Angels」収録の「翠」。
一昨年の就活中によく聴いていた。
歌詞というよりは初っ端から視界が拓けていくような曲調に自分を奮い立たせてもらっていた。
それから1年半ほど経って、私は5年付き合っていた人と別れた。
たくさんの後悔と反省を経て(まだまだしているけれど)少し時間が過ぎて、今、この曲がもう一度、いや、かつてないほど私を救ってくれている。
2年半くらい伸ばしていた髪を年明けに切った。
確かに最後の2年くらいは傷付けられたしそれ以上に私は彼を傷付けていた。
傷みまくっていた二人の関係性と自分の髪と決別した。
会いたいという私の気持ちを汲んでくれない彼に、そしてそんな思いをさせるほどに何度も彼を悲しませてきた自分に、負の感情が湧き出て止まらない。
そんな自分の最低さ加減には自己嫌悪でいっぱいだけど、到底彼に許してもらえるなんて思ってないけど、でも私は、彼はもちろん、そんな最低な自分も、いつか受け入れて許してあげられますように。
私は彼に、一人の他者に愛されなくなった。
彼にちゃんと愛を与えられていなかったから当然の結果なんだと思う。
ずっとあなたの優しさに甘えていてごめんね。
この失恋で自分の未熟さを痛いほど知った。
彼をちゃんと愛せなかったことには後悔の念が尽きないけど、今後の恋愛では絶対そんなことしない。
そう、この別れは必然だったのかもしれない。
彼は幸せな学生生活を私の人生にもたらしてくれて、そのことに本当に感謝している。
でも、このタイミングでなくても、学生を経て社会人として大人になった私たちにはそれぞれの変化があって、ズレが生じることになっていたのかな。
きらきらと輝いていた学生時代からの旅立ちは、彼からの旅立ちも含むものだったのかな。
これから先も長く続く人生の中で、この別れをそんなふうに消化できますように。
「自分自身を『信じている』者だけが、他人にたいして誠実になれる」と『愛するということ』を著したエーリッヒ・フロムは述べていた(この本とこの曲のメッセージとても共通してると思う)。
「主役が映る手鏡」で自分を知って、いつでも信じられる自分自身でいたい。
来春から私はようやく社会人になる。
この曲はおそらく恋愛だけじゃなくて、仕事がうまくいかなくてしんどい時も自分を救ってくれるんじゃないかと思っている。
この別れの経験はもちろん、これからの経験がきっと私を成長させてくれるはず。
辛い思いをしている他者にその手鏡を貸してあげられるくらい成長していたい。
愛を与えられる大人になっていたい。
この春、これまでの学生生活と、学生時代の幸せな恋と辛い別れ、そして未熟で子どもな自分から卒業しよう。
これからの人生、人にいっぱいいっぱい愛を注ぐ。
マイヘアのおかげで前を向けそうです。
そうだ、悲しいことや辛いことがあっても幸せがまた訪れると思うから、