
ほどける舟
4月のはじめに突然、青森に行きました。
12時間ほど寝て目覚めると、そこは青森でした。
なぜ、この地に降り立ったかというと、あの舟が青森県十和田湖にあらわれるという噂をきいたからです。
はじめて、その舟をみたのは森の中でした。
明るくも暗くもない、その森で、赤い糸がまとわりついた黒い舟々を私は見ました。
糸は舟たちを、どこか遠くへ運ぶ役割を持っているようでした。
死ぬまでにもう一度みたい、そう思わせられるような美しい光景でした。
青森にも、1そうの舟が湖に浮かんでいました。
念願が叶い目を奪われていると、何者かが足にまとわりついてくるのを感じました。
少しでも長くみていたいのに、邪魔をされて嫌な気持ちになりながら目を降ろすと、ねばりけのある絹糸でした。
つまんで、引っ張ると、その端は靴の破れ目にあって、いくらでもずるずるのびてきます。
好奇心のおもむくままに引っ張り続けると妙なことが起こりました。
少しづつ少しづつ、自分の視界が右に傾いていくのです。
地震かもしれないと思い、糸を引く手をゆるめました。
しかし、糸は止まることなく、するすると飛び出てきます。
のびる糸の速度に比例して、傾きも険しくなります。
途方に暮れて、なるがままにしていると、ようやく状況が分かってきました。
なるほど、地面がゆがんでいるのではなく、自分が傾いているのか
糸は、分解された僕の足なのでした。
ほどけるままに身をゆだね、舟をぼーっと見ていると、どうやら舟も解けているようでした。
その糸を目でたどっていくと、ちょうど、僕の頭のずっと上で、ほどけた僕と舟の糸は交わり繭をつくっていました。
右足からはじまった糸のほころびも、ついに頭の先まで到達すると
僕は消滅しました。
参考)
・十和田市現代美術館HP.https://towadaartcenter.com/(2021/04/29閲覧)
・現代文学名作選 p134-139赤い繭/安部公房.中島邦彦.明治書院.H24/1