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スターのスターたる所以を実感する「ゆきてかへらぬ」
あの「ツィゴイネルワイゼン」「陽炎座」「夢二」の田中陽造脚本の大正から昭和初期を舞台にした新作が根岸吉太郎監督の新作として観られるということで心踊らせ劇場に来ました。
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物語は
売れない女優の長谷川康子はひょんなことから3歳年下の詩人中原中也と同棲を始めるが、そこに批評家の小林秀雄が出入りするようになり、中也といさかいが絶えなくなった康子は小林の家に転がり込む。
康子は小林に甘やかされながらも精神のバランスを崩し、手におえなくなった小林は康子を捨てて、家を出て行き…
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撮影も美術も素晴らしいんだけど…
京都の町家が並ぶ通りを赤い傘をさしながら歩く俯瞰ショットだったり、ハッとするような美しい場面に大正時代の雰囲気をさりげなく再現した美術も素晴らしく世界観は申し分なく作り上げられていました。
しかし、三人の中心人物たちのキャストの演技には辟易しました。
言葉を大事にする詩人、女優、文芸評論家がひどいセリフまわしで、「し」の言葉が死なのか詩なのかわからないレベルでセリフをがなりたてます。
そんな絶叫演技はテレビか舞台でやってくれという感じです。
広瀬すずさんはNETFLIXの「阿修羅のごとく」でもそうでしたが、時代ものをやるととんでもなく芝居が大袈裟になるのにびっくり。
「海街ダイアリー」とかの彼女は本当に自然で良かったのに…
広瀬さんからはあの時代の雰囲気を感じられませんでした。そして、例によって今回も濡れ場がありますが、当たり前のように脱がないし見せません。もう脱げないならその役を脱げる上手い女優に譲ってよと思います。というか脱げないのがわかっているのに毎回彼女な絡みがある役ばかりやらせるのはなんなのか?仕事を選べよと思うばかりです。二階堂ふみなら脱いだだろうに…(毎回こんなことを書いている自分がキモ過ぎ)
本物の長谷川康子は売れない女優だったのでスター広瀬すずが演じる下手な感じが実は本人に似ているのかもしれないけど。
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好きな女優なだけに毎回絡みの中途半端さにがっかりさせられます。
中原中也の木戸大聖さんはローラースケートのシーンとかメチャクチャいいのにしゃべるとだいなしになるのがもったいない。ローラースケートが上手すぎるからジャニーズ出身かと思って調べたら違ってびっくり。このルックスでローラースケート上手いのにジャニーズ出身じゃないなんて!たまにハッとするほど中也っぽい顔にもなるのも凄い。
小林役の岡田将生さんに至ってはいつの時代のなんの役をやっても同じ演技なのが逆に凄いです。なにかを超越している気すらします。
でもそんな演技でも許されるのがスターたる所以なんだろうなとも思います。
前になんかのバラエティで芸人さんが言ってましたが、渡哲也さんが舘ひろしさんに「お前最近演技が上手いんじゃないか!」とダメ出ししていたというエピソードがありましたが、スターとはそういうものなんだと思います。
この作品の不幸はほとんどこの三人で展開するため、脇を支える演技派バイプレーヤーの出る幕がなかったことかも。
物語もイマイチだなとWikipediaで長谷川康子のことを調べたら実際はもっと悲惨な人生を歩んでいてびっくりでした。山川幸世という演出家に望まぬ妊娠をさせられて中也が子どもの名付け親になったり、そのあと実業家と結婚したりしていて凄波乱に満ちていました。
中原中也のファンは彼の詩があまりクローズアップされないのが不満だと思います。
とはいえ劇場では終盤に若い女性のすすり泣きが聞こえてきたので、なんの先入観のないお客さんこそ楽しめる作品なのかも。
大好きな根岸吉太郎監督には間を開けずに新作を作って欲しいところです。