希望はどこへ
「一分程度で自己㏚をしてください。」
うわっ。。。でたよ、このくだり。めんどくせーと思いながらも、淡々と薄い雲がかかったような記憶を頼りに話していく。話しながら、修正して何とか一分で終わらせられるように意識する。期待の若手社員みたいな髪型をした男が口角を上げているのか上げていないのかよく分からない微妙な表情で聞いている。そんな顔するなら聞くなよとは思うが、仕事だから仕方ないのかとも思う。この退屈な時間を乗り切るために面接終わりに飲みの約束を入れておいて正解だった。さもなくば、私は今すぐにでも面接を投げ出して帰っていた。
手ごたえを一切感じない面接がようやく終わり、スマホを開くと佐奈からメッセージが届いていた。
「今日何時にする?」
「今終わったからいつでも行けるよー!!」
ビックリマークなどつける余裕はないが、自分が面接を難なくこなすメンタルの持ち主であることを装うためには必要だ。ハーと周囲に聞こえない程度のため息をつく。誰にも聞かれていないのを確認して優秀な就活生役になりきり街を堂々と歩いていると、他にも似たような輩がいることに気がついて恥ずかしくなって、イヤホンをして周りをシャットアウトした。徐々に音量を上げ、音漏れ寸前で止め電車に乗る。電車のガサツな音が就活生を癒す音楽に下手な合いの手を入れてくる。鬱陶しくなりイヤホンを外し寝ることにした。
「おつかれ!」
佐奈が僕に近づいてきた。「おっ、おつかれ!」気づいていないふりをしたおつかれ程見え透いたものはない。
「とりあえず店予約しておいたから入ろっ」
森川佐奈は明るく面倒見のいい唯一の女友達だ。飲みの約束をすると店の予約はしてくれるし、話も聞いてくれる。語尾の小さな「つ」が印象的な明るい女の子だ。可愛いから成り立つ小さな「つ」を無意識にやってのけるあたりから、自分の可愛さを自覚しているのだろうと思う。
「どうだった、面接」
「全然だめだったよ、グループ面接だったんだけど周りがすごすぎて・・」
「そっかー、じゃー次だねっ。とりあえず飲み物頼む?」
二人で口を揃えるように生っ!と言うと店員を呼び注文する。
「乾杯」とグラスをぶつけて小さな音を立てる。いつから謎の儀式をするようになったのか記憶にない。無意識に大人の真似をするようになったのだろう。
「佐奈は決まった?」
どちらの返答が来ても大丈夫なように適当な感じで聞く。
「そう!それがねっ!決まりましたー!!」
その質問待ってましたとでも言わんばかりの勢いで答えてくる。
「えーー、マジ!?やったじゃん!おめでとう。」
嬉しさ二割、嫉妬八割のおめでとうを放ち、それからは佐奈の独壇場だった。面接官が良い人だった、インターンが効いた、イケメンがいただの自慢なのか報告なのか分からない話が続いた。普通は退屈な
話だろうが、佐奈が話すことでどこか面白味を帯びていた。
「いいなー、でも俺は自由に自然の中で生きていきたいなー」
酔った勢いで何となく唐突に呟いた。
「いいじゃんっ!就職活なんてしなくても。」
「決まったやつに言われると腹立つなー」
ふたりで笑った。顔も程よく赤くなり明日もバイトがあることを思い出したかのように、そろそろ帰るかと言って帰ることにした。帰路の途中でタバコの吸い殻が落ちていた。まだかすかに火が残っている。火事になってはいけないと普段はない無駄な正義感を働かせ誰にも気づかれないよう静かに静かにタバコを足で踏んづけて火を消した。
家に着くと一人の時間が襲ってくる。エントリーシートを書かねば、面接対策しなければ、志望動機かんがえねば、とあれこれ考えているうちに眠ってしまった。
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