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「美しい」の研究報告(1月)

「美しい」とは、実に曖昧な感覚であるが、私たちの心に癒しと安らぎを与えてくれます。これは、日常に潜む「美しい」を毎月3つ掬い上げ、それについて研究した内容を綴る、日記に近い研究報告です。道に咲く可憐な一輪の花を愛でるように、毎月新たな美しさに出会えますように。


宝石のような日の出

元旦。一年で最も地元の堤防に人が集まる日。寒々とした空気の中、ダウンコートに身を包み、今か今かと皆で同じ方向を見つめる。その場にいる全員の目的は、もちろん「初日の出」だ。
どうして日本人は初日の出を拝むのだろうと思い調べてみると、太陽は生命の起源とされているらしく、一年の感謝と願い事を祈る時間として古くから続いてるとのこと。何でもない日に見たら、何でもない日の出なのかもしれないが、誰もが静かに有難く見つめる日の出は、「ああ、太陽はなんて美しいのだ」と感嘆してしまうから不思議だ。これは美しい、素晴らしい、そういった視点で見つめる先には常に美しいものが用意されるのではないだろうか。そんなことを考えていると、宝石のように神々しく輝く太陽の姿に見惚れる自分に気付く。



愛のものさしを携える

定期的に読み返す本がある。エーリッヒ・フロムの「愛するということ」。
数年前に初めて読み感銘を受けて、その後「愛」について見つめ直したい時に定期的に読み返すようになった、私にとって小さなものさしのような本。本を読む時、毎度共感した文章に線を引くのだが、読み返すたびに線の数が増えていき、年齢を重ねるごとにこの本で語られている「愛」というものの輪郭に、より触れられるようになったように感じる。
「愛」とは技術であり、能動的なものである。普段生活をしている中で、仕事で成果を上げたら世の中から評価をされるが、「愛」を体現できたからといって評価されることはほとんどない。この資本主義社会の中で「愛」を見事に表現することは、きっと極めて難しいことなのだろう。それでも、雲を掴むように「これが愛するということか?」と、「愛」を表現しようと試行錯誤をするその行為自体が、美しく、愛に溢れているのだろうと感じる。



思想を語る場所

2024年11月に東京・恵比寿に誕生した「LEMAIRE EBISU」を訪れた。フランス初のファッションブランドであるLEMAIREが、新店舗に選んだのは1960年代に建てられた元個人邸宅。
「ただいま」と言って足を踏み入れたくなるどこか懐かしい雰囲気、日本家屋に溶け込むLEMAIREの服、ブランドの世界へ導く、店員さん。美しく並べられた品々が家主のコレクションのように思えて、自分が今いるのは店なのか、誰かの家なのか分からなくなってしまうような感覚を覚えた。まさに、ブランドの思想を、建物全てで語る場所。
細部にまでその思想が散りばめられた場所は、ブランドそのものの美しさが伝わるだけでなく、その美しさを表現しようとする制作側の熱意も伝わってくる、そんな場所は心がじんわりする美しさがある。

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