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「美しい」の研究報告(8月)

見たり、触れたり、味わったり。日常の中で感じた「美しい」を掬い上げ、それについて研究した内容を綴る、日記に近い研究報告です。「美しい」ってなんだろう?そんな曖昧な感覚について深く考えてゆきます。


Place

MAKINA NAKIJIN

束の間の休暇で訪れた沖縄で、美しい場所に出会った。
今帰仁村(なきじんそん)にあるプライベートヴィラ「MAKINA NAKIJIN」。

手つかずの大自然と昔ながらの沖縄らしい景色が残る今帰仁村。
その一角にあるこの場所は、扉も玄関も看板もない。南国の草木が生い茂る小道を進むと、まるで壮大な自然の中に佇む美術館のような場所が広がる。

「自然に合わせて暮らすという贅沢を味わってほしい」オーナーさんのその言葉をなぞるように、都会では到底味わえないような贅沢な時間を過ごした。

音楽配信サービスで流す音楽ではなくて、草木や虫、鳥の声をBGMに過ごすこと。涼しいエアコンではなく、自然の風に包まれながら過ごすこと。

便利なモノに囲まれた都会では決して気付けない、自然がもたらしてくれるものによって、心がゆっくりとほどけてゆく。なんとも不思議な体験だった。

チェックアウト時、オーナーさんがこの場所のことを丁寧に話してくれた。
「自分が心から住みたいと思う邸宅を作りたくて作った」と、楽しそうに語るオーナーさんの穏やかな横顔が眩しく、こんな美しい感性や想いを持つ方がいるから、共に創りたいと願う素敵な人が集まり、素晴らしい場所が出来上がるのだと確信した。

美しい場所とは、美しいひとが中心となって作られる。
そんな場所にうっとり触れた時間は、私の人生にとって小さくも輝かしい宝物となった。

📍 MAKINA NAKIJIN




Time

伝統を守る、新しいバレエ

作り手の情熱は、たとえ言葉がなくても舞台を飛び越えて伝わってくる。
8月、友人と観に行ったバレエの舞台でそのように感じた。

BALLET The New Classic」という名のその舞台は、現役バレエダンサー 堀内將平さん写真家 井上ユミコさんが中心となって立ち上げた「「新しい定番」を創造するガラ公演」。
よくある古典バレエ作品ばかりを並べるのではなく、古典作品のコンセプトを残しつつ現代の人に響く新しい作品を生み出していく。例えば、バレエ作品「白鳥の湖」のオデット/オディールの「身体美」という軸を残しつつ、女性ではなく、男性で踊って魅せるなど。作品や踊りだけでなく、ダイナミックなドラムで舞台が幕開けする演出、古い衣装をアップサイクルしたファッショナブルな衣装、美しい生演奏の音楽…それら全てが「バレエってこんな感じだよね」の印象をいい意味にひっくり返していく。

余談だが、日本では、バレエは趣味やお稽古と認識される一方、バレエの長い歴史を持つフランスやロシアでは、国が守るべき大切な芸術と認識されている。そんな背景もあり、日本人はバレエ鑑賞する習慣があまりなくバレエとの関わりが薄い。だからこそこのように、伝統へのリスペクトを持ちつつ、現代人に響く形でバレエを表現していくことって本当に素敵な活動だと感じた。

「新しいことに挑戦するからこそ、守れる伝統がある」そう語り、本業を持ちながら、この舞台を作ることに魂を込めるお二人の姿勢が美しいし、同じくらいの熱量でこの舞台を作るクリエイターが集まるから、バレエという言葉がない芸術でも、舞台を越えて情熱が伝わってくるんだろうなあと感じた。

時間って目には見えないけど、このバレエ鑑賞をした時間はずっと心の奥でキラキラと輝いている。

📍 BALLET The New Classic




Product

あこやパールのピアス

昨年度のふるさと納税で手に入れた、三重県のあこやパールを使ったピアス。いつも食べ物ばかり選ぶ私だが、どうせならずっと手元に残るものを、と思って選んだ。小ぶりで、すこしピンクがかったあこやパールが美しく、今でもうっとり眺めてしまう。リーズナブルなパールのピアスはこれまで沢山つけてきたけど、このピアスはなんだか特別で。身に着けるたびに背筋がしゃんと伸びるし、ちょっぴり所作も美しくしたいなあと振る舞う。美しいひとは良きものを持っている印象があるが、もしかすると、良きものが美しいひとをつくっているのかもしれないなあ。




Book

日常をうたう

「94歳の祖母に話を聞くと、戦争が終わって最も嬉しかったのは「部屋の電灯が明るいこと」だったと教えてくれた。」(日常をうたう/椋本湧也)

作者の祖母の戦時体験の録音を聴いた20〜30代の男女が綴った「8月15日」の日記集。27個の日記を眺めていると、何気ない日常のことを記している人もいれば、終戦記念日に思いを馳せる人も、人によって様々。その中で、特攻隊員の遺書について取り上げている日記が印象的だった。

戦時中の若者は、今と違って特殊な死生観を持っていたのではないか?とつい考えてしまうが、そんなこともなく、今の私と同じように、好きな本を読むこと、映画を観ること、恋をすることに喜びを感じ、死ぬことが怖かった、ということが遺書から感じ取れた。平和な日々を生きる私にとっての当たり前が、当日の若者にとってどれだけ貴重なものであったか。彼らが生きれなかった日常を、彼らの分まで有り難く大切に生きていきたいとより一層感じた。

📍 日常をうたう




Other

都会と自然の間で揺れる

3泊4日で、沖縄旅に出かけた8月。
パソコン仕事の毎日から解放され、パソコンもスマホも触らない数日を過ごしたり。出掛けるときは必ずフルメイクなスタンスの私が、どすっぴんで無邪気に自然と触れ合ったり。
都会で過ごす日々は真逆の生活をしてすっかり心が洗われ、そして、都会で沢山の刺激と影響を受けながら本来の自分を良くも悪くも失いながら生きていることに気付く。
欲しいものがすぐ手に入り、好きな場所にすぐに行けて、会いたい人にすぐ会える。都会でのそんな日々も好きだけど、定期的に本来の自分に戻る時間も作っていく。そうやって、ふたつの世界をゆらゆらと行ったり来たりすることで、もっと豊かな毎日が送れるのかも。

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