現代アイスランド語のオンライン辞書
※ 非常に長いので、気になる部分を拾い読みをすることを推奨します。
オンラインで利用できるアイスランド語辞書について紹介します。紹介する辞書は、以下の目次のとおりです。
氷英辞典(初学者用):Icelandic Online Dictionary and Readings
ウィスコンシン大学マディソン校(University of Wisconsin-Madison)が公開するアイスランド語-英語辞典です。アイスランド語-日本語辞典がない現状、この記事を読むアイスランド語学習者の多くがはじめに使う/使った辞書ではないでしょうか。
この辞書の長所と短所は以下のとおりです。
長所
1)原形(辞書形)でなく、語形変化した単語で検索できる
2)アイスランド語の特殊な文字を使わなくても検索できる
短所
1)見出し語の数が少ない
以上の点について、辞書の使い方を見ながら説明します。
長所
1)原形(辞書形)でなく語形変化した単語で検索できる
たとえば、アイスランド語のテクストを読んでいて「báðu」という語が分からなかったとします。この語は、動詞「biðja(頼む)」の三人称複数過去形なのですが、それを知らずとも、Icelandic Online Dictionary and Readingsの検索窓に「báðu」と入力すれば、この言葉を調べられます。実際に検索してみると、以下のとおり、ふたつの結果が表示されます。
まず、最初の結果を見てみると、「biðja」を参照せよ、と矢印で示されています。
このままリンク先に行くと、動詞「biðja」のページを見られます。これは、先ほどの検索結果で「báðu」でなく「biðja」を選択したときと同じページです。
初学者にとって分かりにくい語形を持つ単語を検索する場合は、先ほどのように変化形が見出し語になっていて、その先で参照すべき見出し語を示してくれる場合があります。アイスランド語学習者が語形変化の基本的なパターンをまだ覚えていない段階では、とても役立ちます。ただ、すべての変化形が見出し語なっているのではないので、いきなり原形(辞書系)の見出し語のページに飛ばされる場合もあります。
たとえば、「kom」という、動詞「koma(来る)」の一人称/三人称単数過去形で検索した場合は、下の画像のように、その語形を持つ見出し語にいきなり飛ばされます。
原形(辞書系)でなくとも単語を検索できるのは、なかなか便利です。
2)アイスランド語の特殊な文字を使わなくても検索できる
さて、先ほど例に挙げた動詞「biðja」を検索するとき、使用するキーボードにアイスランド語キーボードがインストールされていれば問題ありませんが、そうでない場合には「ð」という文字が打てないかもしれません。
大学や企業などのPCを使っていて、勝手にキーボードをインストールできないのであれば、たとえばGoogle Translateの仮想キーボードを使うこともできますが、単語を調べることが目的であれば、そこまでするのは面倒です。
しかしこの辞書は、検索窓の下に書いてあるように、いくつかのアイスランド語の文字を別の文字で代替できます。
「ð」は「d」で代用できるので、「biðja」や「báðu」を検索するときには、「bidja」や「badu」でも検索できます。
ただ、正確な語の綴りを覚える妨げになるでしょうから、文字を代替して検索することは、おすすめしません。
また、個人的には、不要な検索結果も表示するため、文字を代替して検索できる機能は不要だと考えています。たとえば、動詞「sýna(見せる)」の一人称/三人称単数過去形「sýndi」を検索した場合、以下のような結果が出力されます。
「syndi」という語形が動詞「synda(泳ぐ)」と形容詞「syndur(泳げる)」にあるため、これらふたつの見出し語も検索結果に表示されてしまいました。これは、「ý」の代わりに「y」で検索できるためです。
特定の文字を別の文字で代替して検索できる機能は、アイスランド語学習を始めたばかりの頃や、入力間違いをしたときには役に立つでしょうが、参照したいページに行くまでに余計な手間が取られます。
短所
1)見出し語の数が少ない
ある程度アイスランド語学習が進んでいくと、調べたい語が、Icelandic Online Dictionary and Readingsに載っていない場合が多くなるでしょう。たとえば、ある単語を辞書をひいて調べる、という表現は、アイスランド語で「fletta upp orði í orðabók」と言います。この「fletta」という動詞は、Icelandic Online Dictionary and Readingsに載っていません。試しに検索してみましょう。
1番目の検索結果は、女性名詞「flétta」です。「お下げ(髪)」や「地衣(類)」を意味します。2番目は、「(髪を)おさげにする」や「(籠などを)編んで作る」という意味の動詞「flétta」です。この辞書には、「fletta」が収録されていません。日常的に使われる語であっても収録されていないものは他にもあるので、この辞書だけを使ってアイスランドを学ぶことは、難しいです。
しかし、この辞書に物足りなさを感じる頃には、もう初学者は卒業したと捉えてもよいかもしれません。アイスランド語を勉強し始めたばかりに調べようとした単語が載っていない可能性もありますが、そのときは、次に紹介するものか、その次に紹介する辞書を使うことをおすすめします。
また、コロケーションや例文が少なかったり、同義語の微妙な差異が分からない、という欠点もIcelandic Online Dictionary and Readingsにはあるのですが、この点は、残念ながらほぼすべてのアイスランド語辞書に共通なので、敢えてこの辞書の欠点としては挙げません。
氷語辞典、氷英辞典、英氷辞典 etc(有料):Snara
Snara(スナーラ)は、複数のアイスランド語辞書を串刺し検索できるウェブサイトです。一部のスマートフォンやタブレットPC向けのAndroidアプリでもありますが、ここではウェブサイトの方を紹介します。どちらでも機能における違いはありませんが、よく誤操作をしてしまうため、筆者はあまりアプリ版を使っていません。さて、実際にSnaraを使ってみましょう。
黄緑色の枠内に「Innskráning」(ログイン)と書かれていますが、このサイトは有料です。
下記のとおり、使用料として月額648ISK(アイスランド・クローナ)を支払う必要があります。これで3台の端末まで登録できます。
アイスランドの学校や公共施設が提供しているWi-Fiを使ってSnaraにアクセルする場合は、無料で使用できる場合があります。ネットワーク管理者がSnaraの使用料を支払っているので、その恩恵に預かれるわけです。社員のためにSnaraの使用料を払っている企業もありますので、その場合、その企業が提供するWi-FiなどからSnaraを使用することもできます。アイスランド大学の学生は、大学の提供するVPNの証明書を使えば自宅からでもSnaraを使用できますし、年間990ISKをSnaraに支払って登録すれば、VPNを使わずに自宅からSnaraにアクセスすることが可能です。実際に、アイスランド大学のネットワークからSnaraにアクセスしてみます。
アイスランド大学構内やVPN経由で接続すると、先ほどは「Innskráning」となっていた部分が、「アイスランド大学のLANを通して、あなたに辞書群へのアクセス権が与えられています」という文言に変わっています。
さて、Snaraの長所と短所は以下のとおりです。
長所
1)多数の辞書が収録されている
2)見出し語の数が多い
短所
1)変化形での語の検索はできない
2)アイスランド語の特殊な文字を使わないと検索できない
3)収録されている辞書の内容がアップデートされない
以上の点について、実際にSnaraを使いながら説明します。
長所
1)多数の辞書が収録されている
Snaraに収録されている辞書は、以下のとおりです。
上から順に見ていきます。なお、各辞書名は翻訳せず、どのような内容の辞書かだけを列記します。
アイスランド語辞典
1)アイスランド語辞典、2)同義語辞典、3)アイスランド百科事典、4)語法辞典、5)綴り辞典、6)慣用句辞典、7)人名辞典、8)格言集、9)略歴集、10)アイスランド地図、11)作家ハルドウル・ラクスネスの用語索引、12)アイスランド人のサガの用語索引、13)馬・馬術に関する用語索引
英語辞典
1)アイスランド語-英語辞典、2)英語-アイスランド語辞典、3)英語-アイスランド語百科的辞典、4)英語-アイスランド語コンピュータ用辞典、5)アイスランド語-英語コンピュータ用辞典、6)電気技術用語集、7)術語集(アイスランド公認会計士協会作成)、8)英英辞典、9)WordNet 3.0、10)アイスランド外務省翻訳局作成用語集、11)術語辞典(アイスランド語協会作成)
デンマーク語辞典
1)アイスランド語-デンマーク語辞典、2)デンマーク語-アイスランド語辞典、3)デンマーク語-アイスランド語法律用語辞典、4)術語辞典
ポーランド語辞典
1)アイスランド語-ポーランド語辞典、2)ポーランド語-アイスランド語辞典
ドイツ語辞典
1)ドイツ語-アイスランド語辞典、2)電気技術用語集、3)術語辞典
スペイン語辞典
1)アイスランド語-スペイン語辞典、2)スペイン語-アイスランド語辞典、3)術語辞典
フランス語辞典
1)フランス語-アイスランド語辞典、2)術語辞典
イタリア語辞典
1)アイスランド語-イタリア語辞典、2)イタリア語-アイスランド語辞典
ギリシア語辞典
1)ギリシア語-アイスランド語辞典
食べ物辞典
1)食料・料理の百科辞典、2)レシピ集
これだけ多くの辞書をつかって串刺し検索できるのは、とても便利です。検索する前に特定の辞書を使用したい場合は、「Uppflettirit (1)」と書かれているところをクリックすると、上のような辞書の一覧が表示されるので、使用したい辞書にレ点をつけます。もしアイスランド語に分類されている辞書をすべて使いたい場合は、「Íslensk, öll eða ekkert」と書かれているところの「öll」(すべて)をクリックします。逆にすべてのレ点を外したい場合は、「ekkert」(何もなし)をクリックします。各辞書がどのようなものかを知りたい場合は、辞書名のあとの「nánar」(詳しく)をクリックすると、その辞書の説明ページに移動できます。
筆者がSnaraを使う時は、いちいち辞書を選択するのが面倒なので、トップページの2段目にある「öll」を選択して、すべての辞書を検索対象にします。はじめは「Uppflettirit (1)」(字引(1))だったのが、選択後は「Uppflettirit (43)」となりました。これで、収録されている43冊の辞書すべてで検索できます。
では、実際に使ってみましょう。Icelandic Online Dictionary and Readingsのときと同じく、まずは検索窓(「Sláðu inn uppflettiorð」(見出し語を入力してください)と書かれているところ)に「biðja」という動詞を入力してみます。
一番左側には「biðja」を先頭に、その後に続く見出し語が並んでいます。一覧の下にある矢印(「↑」と「↓」)を押せば、表示されている前後の見出し語も見られます。矢印の下には「Möguleg samheiti」(同義語の可能性があるもの)として「bæna」と「æsta」が挙げられていますが、どちらも現代語としては、ほとんど使いません(名詞としてなら、「(神への)祈り」という意味で「bæn」という名詞は使われます)。ここに同義語として表示される語は、あまり参考にしない方がよい場合が多いです。
さて、肝心の検索結果についてですが、検索した「biðja」が見出し語として載っている辞書が一覧になっています。中段で薄く「Flettur þar sem biðja kemur fyrir í skýringu:」(語釈にbiðjaが現れる項目)と書かれたところよりも下の一覧は、見出し語として「biðja」を説明するのでなく、別の見出し語を説明する例文などで「biðja」が使われている項目を辞書ごとにまとめたものです。
さらに下の「Textaleit」(テキスト検索)では、「biðja」という語とその変化形が文中で使われている項目の一部が表示されています。すべての結果が表示されるわけでなく、「Fyrri - 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 - Næsta」(前 - 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 - 次)とあるように、最大で10ページ(1ページにつき10項目)しか表示されません。また、このテキスト検索では、一部の文字が別の文字に置き換えられて検索された結果が表示されます。たとえば、「ð」が「d」に置き換えられます。「biðja」という動詞の一人称/三人称単数過去形は「bað」なのですが、文字が置き換えられた結果、「biðja」とは関係がない英語の「bad」を見出し語とする項目なども表示されます。
検索した「biðja」の語釈や、他言語での訳語を読みたい場合は、辞書名を選択します。
一覧の先頭にあり、アイスランド語辞書としては収録語数が最多(約10万語)の『Íslensk orðabók』(アイスランド語辞典)を選択しました。長い項目は、最初の部分だけを表示されるので、さらに読みたいなら「Nánar」(詳しく)をクリックすると、下に展開して項目内の記述がすべて読めます。ちなみに、項目下にある「Um ritið」は、その項目を収録している辞書の説明ページへのリンクです。
筆者がSnaraを使う理由のひとつが、『Íslensk orðabók』(アイスランド語辞典)、『Íslensk samheitaorðabók』(アイスランド語同義語辞典)、『Stóra orðabókin um íslenska málnotkun』(アイスランド語語法大辞典)での串刺し検索ができるからです。Snaraは有料なので、それぞれの辞書の中身をすべて公開するようなことはしませんが、どのような情報が載っているかだけをお見せします。
アイスランド語を読むときだけでなく、書くときにも、Snaraは大いに役立ちます。
2)収録語数が多い
多数の辞書が収録されたSnaraの収録語数はもちろん多いのですが、古語や詩語も載っている『Íslensk orðabók』のおかげで、現代語だけでなく中世のアイスランド語を読むときにもつかえるオンライン辞書は、今のところSnaraだけでしょう。ただ、現代語綴りで検索しなければいけません。たとえば、王の写本(Codex Regius)ことGKS 2365 4ºに収められた「巫女の予言」(Vǫluspá。現代語綴りだと、Völuspá)の第一連には「maugo」と翻刻される語があります。*1
これは「息子」という意味の詩語なのですが、Snaraで検索するには、まず現代アイスランド語の正書法に則って「au」を「ö」、語末の「o」を「u」に直さないといけません。また、後述するとおり、Snaraで検索するときには、語の原形を入力しなければならないので、「mögu」でなく「mögur」と入力しなければいけません。では、その原形はどこに載っているのかといえば、テクストの注に載っていなければ、Beygingarlýsing íslensks nútímamáls(現代アイスランド語の活用表)を活用したり、自身のアイスランド語の知識を基にして試行錯誤して検索するしかありません。
『Íslensk orðabók』よりも収録語数の少ないい中型辞書であっても、「mögur」のように「巫女の予言」に載っている語ならば収録されているかもしれませんが、もっとマイナなテクストに出てくる語となると、収録されていないことは珍しくありません。
先日覚えた語に「muntún」という語があります。Hauksbók(フイクスボウク)を成すAM 544 4ºに残る「ヘルヴルの歌」(Hervararkviða)で使われ、「胸」という意味の詩語です(この語の要素を分解すると、「願いや思考、魂(munur)の草地(tún)」と直訳できる語です)。現代アイスランド語で「胸」という意味を表すなら「brjóst」という語が一般的であり、おそらく「muntún」という語を全く知らない人も少なくないでしょう。そんなマイナな語でも、Snaraを使えば「muntún」を見つけることができます。
収録語数の充実だけを考えれば、Snaraだけを使っていればよい気もしますが、欠点がないわけではありません。では次に、Snaraの短所を説明します。
短所
1)変化形での語の検索はできない
最初に紹介したIcelandic Online Dictionary and Readingsでは、変化形でも検査できましたが、Snaraではできません。検索窓には原形を入力する必要があります。試しに、動詞「biðja」の三人称複数過去形の接続法第二の語形「bæðu」を入力します。
ひとつの辞書で見出し語でした。しかし「- biðja」としか書かれていません。テキスト検索では「bæðu」という文字列が、見出し語の説明文に用いられている項目を表示していますが、「bæðu」の意味を知るためには、原形「biðja」で再検索しなければなりません。
Snaraは調べたい語の原形が分からないと検索できないので、必要に応じてBeygingarlýsing íslensks nútímamáls(現代アイスランド語の活用表)を併用して語を調べることになるでしょう。Beygingarlýsing íslensks nútímamálsについては、下記リンク先の記事をご覧ください。
2)アイスランド語の特殊な文字を使わないと検索できない
Icelandic Online Dictionary and Readingsのように、いくつかのアイスランド語の文字を別の文字で代替してSnaraで検索することはできません。「biðja」でなく「bidja」と検索した場合、「bi」という見出し語がしか出力されませんでした。
自分が使うキーボードで入力できない文字がある場合は、検索窓の右下にある「Hjálp」(手助け、助力、手伝い)をクリックすると、次のようなページが表示されます。
検索窓の下には「Stafir sem gæti vantað」(不足している可能性のある文字)とあり、アイスランド語の文字だけでなく、Snaraに収録されている外国語辞典で使われている文字のうち、英語のアルファベットに含まれないものが並んでいます。入力したい文字を選択すると、検索窓中の文字列の一番後ろに、選択した文字が挿入されます。
たとえば、アイスランド語キーボードを使わずに「biðja」と入力するためには、「bi」と入力したあとに「Hjálp」ページに移動して「ð」を選択し、その後に「ja」を入力する必要があります。
Snaraは文字が一文字入力されるごとに候補の項目を出力するので、調べたい語の綴りに特殊文字が複数ある場合は、特殊文字を一文字入力する度に「Hjálp」ページに移動しなければならないので、もどかしく感じるでしょうが、知っておくと役に立つこともあるかもしれません。
3)収録されている辞書の内容がアップデートされない
Snaraは、新しい辞書を入れることには熱心ですが、既に収録されている辞書を更新することは稀です。たとえば、Snaraは英語辞典の分類でHugtakasafn þýðingamiðstöðvar utanríkisráðuneytisins(アイスランド外務省翻訳局作成用語集)を収録していますが、この辞書は2016年に収録されて以降、Snaraでは更新されていません。
Snaraに掲載された辞書の説明によると、計68.000語の用語を収録しているようです。それだけあれば充分と思われるかもしれませんが、この用語集は、現在もアイスランド外務省によって公開・更新されています。アイスランド政府のウェブサイトによれば、用語集に収録されている語は、2020年11月20日時点で、計82.000語です。公式サイトの方と比べて14.000語少ないことは、無視できることではないでしょう。確かに、Hugtakasafn þýðingamiðstöðvar utanríkisráðuneytisinsに収録されている語の多くは専門用語であるため、日常会話ではあまり使わないでしょうが、アイスランド語のニュースや公文書を理解するためには必須の語が多く収録されています。
アイスランドの学校などで最も使われているオンライン辞書(集)はSnaraなのですが、収録されている辞書の中身がアップデートされないことは、頭の隅に入れておくとよいでしょう。
現代アイスランド語辞典 (おすすめ):Íslensk nútímamálsorðabók
アイスランドにおける辞書制作では、紙の辞書よりもオンライン辞書の方が主流です。アイスランドで働く辞書編纂者や辞書作成にかかわる研究者の話を聞くかぎりでも、今後アイスランドで紙の辞書が出版されることはないでしょう。そうした状況で公開され、今もアップデートが続けられている最新のアイスランド語辞書が、Íslensk nútímamálsorðabók(現代アイスランド語辞典)です。
この辞書は後述するISLEXというアイスランド語-北欧語辞典を基に作られた中型辞書ですが、見出し語の数は、ISLEXよりも多く約5万4000語です。紙の辞書を電子化したのではなく、はじめからオンライン辞書として作成された辞書です。今まで紹介した辞書にはなかった特徴がありますが、まずは、この辞書の基本的な使い方を見てみましょう。
トップページには、まず「Íslensk nútímamálsorðabók」(現代アイスランド語辞典)という辞書名、辞書を作成・管理しているアウルトニ・マグヌソン研究所の正式名称「Stofnun Árna Magnússonar í íslenskum fræðum」が書かれています。
その下には、「Forsíða」(トップページ)「Um verkefnið」(プロジェクトについて)「Hafa samband」(お問い合わせ)「Tilvitnun í orðabókina」(この辞書の引用について)とありますが、それぞれについて今回は説明しません。
「Leitarorð」(検索語)と書かれたところが検索窓です。ここに文字列を入力し、Enterキーを押しすか、右側の「Leita」(検索する)というアイコンをクリックすると検索できます。検索窓の左下にはアイスランド語の特殊文字が並び、右下には「Leita í texta」(テキスト内を検索する)と書かれた部分がありますが、これらについては後述します。
検索窓よりも下には、辞書についての簡単な説明があり、その右側には「Orð vikunnar」(今週の語)とありますが、これらについての説明も省きます。
ウェブページ上の左下には、アウルトニ・マグヌソン研究所のロゴマーク(「M」と書かれたマーク)がありますが、ここをクリックすると、1)研究所が公開しているデータベースや論文誌等へのリンクが一覧と、2)アウルトニ・マグヌソン研究所のウェブサイト、3)後述するMálið.isというウェブサイトでの検索を実行するための検索窓が表示されます。ここで検索すると、Málið.isでの検索実行結果ページに移動します。
トップページの説明は、以上です。さっそく辞書を使ってみましょう。
試しに「biðja」を検索したところ、以下のページが表示されました。白い枠内が、見出し語の説明で、その右側には、「biðja」の前後にある見出し語の一覧が表示されています。以下では、白い枠内を見ていきます。
まず見出し語(ここでは「biðja」)が大きく表示され、その横には品詞が略語で書かれています。「so」は「sagnorð」(動詞)の略語です。
見出し語が動詞、形容詞、名詞のいずれかであれば、見出し語のすぐ下に基本的な語形変化が表示されます。今回は、一人称単数と三人称単数の直説法現在形、三人称単数と一人称複数の直説法過去形、完了形の語形が表示されています。さらに詳しい語形変化を知りたい場合は、ふたつ下にある「Beyging」というリンクをクリックすると、BÍN(Beygingarlýsing íslensks nútímamáls)が新しいタブで開くので、そちらを参照します。
見出し語の基本的な語形変化と「Beyging」のあいだには、再生ボタンのアイコンがあり、その横には「Framburður」(発音)と書かれています。これらを押すと、見出し語の実際の発音を聞くことができます。
太文字の数字の下には、「FALLSTJÓRN」(格支配)と書かれています。見出し語である動詞「biðja」に伴う目的語が、何の格をとるかが示されています。最初の意味については、「þolfall (+ eignarfall)」とあるので、まず対格をとり、さらに続いて属格を取れることがわかります。
語の意味自体は、格支配の下に書かれています。この辞書によれば、動詞「biðja」の意味は、1.「頼む」、2.「祈る」、3.「プロポーズする」です。
それぞれの語の意味の下には、「DÆMI」(例)から始まる例文が載っています。また、慣用的な表現は太文字の斜体で書かれています。ここでは、「biðja að heilsa <honum>」(〈彼に〉よろしく伝えるよう頼む)が、最初に掲載されている慣用表現の例です。その下に行頭下げで「DÆMI」と続くのは、慣用表現を用いた例文です。
この辞書の例文は文頭の文字が小文字で始まっていますが、アイスランド語の文は、大文字から始まります。この点、ご注意ください。
Íslensk nútímamálsorðabókで検索するとき、検索窓の右下にある「Leita í texta」(テキスト内を検索する)を選択してから「biðja」を検索すると、語釈や例文で「biðja」という文字列が使われている項目が一覧表示されます。
語の意味でなく、特定の語や語形が含まれる例文を探すときに便利です。
さて、Íslensk nútímamálsorðabókの長所と短所は、以下の通りです。
長所
1)原形(辞書形)でなく語形変化した単語で検索できる
2)アイスランド語の特殊な文字を使わなくても検索できる
3)慣用表現の見出し語がある
4)見出し語の発音を聞くことができる
5)例文が多い
短所
1)機械的に表示される検索候補のなかから語を選択しても、見出し語一覧から選択し直さないといけない
2)未完成の項目がある
3)詩語や古語はあまり収録されていない
以上の点について、見ていきます。
長所
1)原形(辞書形)でなく語形変化した単語で検索できる
Íslensk nútímamálsorðabókでは、Snaraと違い、語の原形でなくとも検索できます。試しに、動詞「biðja」の三人称複数過去形の接続法第二の語形「bæðu」を検索します。
すると、動詞「biðja」のページに移動します。
分からない語があったとき、その原形を調べてからでないと検索できないSnaraに比べると、Íslensk nútímamálsorðabókは非常に使い勝手がよいです。
2)アイスランド語の特殊な文字を使わなくても検索できる
Snaraと違い、アイスランド語の特殊文字を使わなくても、見出し語を検索することができます。試しに「bidja」と入力すれば、動詞「biðja」のページが表示されます。
しかし、アイスランド語の特殊文字を使わずに検索した場合、Icelandic Online Dictionary and Readingsと同様に、不要な検索結果が表示されます。動詞「sýna」の一人称/三人称単数の過去形「sýndi」を調べるときに「ý」の代わりに「y」を使った場合、「sýna」以外にも動詞「synda」(泳ぐ)や形容詞「syndur」(泳ぎ方を知っている)という語も候補にでてきます。
また、この辞書では正しい綴りを入力しても、それ以外の見出し語の候補が表示されます。「ý」という文字を使って「sýndi」を検索してみても、「synda」と「syndur」が表示されてしまいます。
検索結果のうち、見出し語の横には「Orðmynd: sýndi」(語形:sýndi)と書かれているので、検索窓に入力した語形と一致した項目が何かは示されていますが、正しい綴りで検索したにもかかわらず、別の語が表示されて再確認を強いられるのは、ときに煩わしく感じます。
アイスランド語の特殊文字を入力できないキーボードを使っている場合でも、検索窓の左下にある文字一覧を使えば、選択した文字を入力できます。選択された文字は、検索窓中の文字列の最後尾に挿入されることに注意しましょう。たとえば「biðja」と入力したい場合は、「bi」と入力したあとに「ð」を選択し、その後に「ja」と打ち込む必要があります。また、検索窓に打ち込んでいる最中、候補となる見出し語が表示されるので、それが邪魔な場合は適当なところをクリックするなどしてから、特殊文字を選択しましょう。
3)慣用句の見出し語がある
今までの辞書では、使用頻度の高い慣用句であっても、見出し語ではなく用例のひとつとして収録されていたことが殆どでした。「til dæmis」という慣用句は、「たとえば、例として」を意味しますが、これを調べるには「dæmi」(例)という語を調べて、その用例に目を通す必要がありました。しかし、Íslensk nútímamálsorðabókでは、見出し語のひとつとして収録されています。
他にも、「engu að síður」(しかしながら)など、よく使われるけれども、どの語の用例を調べれば見つけられるのか分かりづらかった慣用句も、収録されています。意味は分からないが慣用句らしい表現を目にした場合、とりあえずÍslensk nútímamálsorðabókで検索してみると、簡単に見つけられるかもしれません。
4)見出し語の発音を聞くことができる
見出し語の発音のみではありますが、現代アイスランド語の発音を実際に聞くことができます。先述のとおり、見出し語として登録されていれば、慣用句の発音も聞くことができます。
5)例文が多い
他の辞書に比べ、見出し語やその語が含まれた慣用表現の例文が多く充実しています。例文数がない見出し語もありますが、ひとつの語や意味に対して複数の例文があるのは、とてもありがたいです。下の画像は、動詞「biðja」の例文の一例です:
なお、各例文は小文字から始まっていますが、アイスランド語の文は原則として大文字から始まるので、この点は注意してください。
短所
1)機械的に表示される検索候補のなかから語を選択しても、見出し語一覧から選択し直さないといけない
Íslensk nútímamálsorðabókでは、検索窓に入力中に候補の見出し語を表示してくれます。そのなかに目当ての項目があった場合、多くの場合、その項目を選択すると個別ページに移動できます。しかし、同じ語形の見出し語が複数ある場合、検索候補のなかから目当ての項目を選択しても、見出し語の選択画面に移動するため、改めて項目を選択しなければいけません。
たとえば、動詞「koma」(来る)を検索しようとすると、以下のように候補が表示されます。
ここで、so(sagnorð(動詞)の略)と書いてある方を選択すると、名詞「koma」(来ること、来訪)か動詞「koma」のどちらが目当てなのか、再確認を求めるページに移動します。
ここで、「koma so」を選ぶと、動詞「koma」のページに移動できます。
検索候補が表示され、それを選択することで見出し語の個別ページに移動できるのは便利です。しかし、同じ語形の見出し語が複数ある場合に、正しく検索候補の中から目当ての項目を選択しても直接個別ページに移動できないのは、ときに煩わしく感じます。
2)未完成の項目がある
見出し語のなかには、語釈が書かれていなかったり、例文がなかったりするためか「Orðið er í vinnslu」(この語は作成中です)と書かれているものがあります。たとえば「krakkahópur」(遊び仲間などの子どものグループ)という語は、例文がないためか「作成中」となっています。
大変便利なオンライン辞書ですが、Íslensk nútímamálsorðabókでは、調べた語の例文が書かれていなかったり、もしかしたら調べたい語の意味が書かれていないこともあるかもしれません。
3)詩語や古語はあまり収録されていない
Snaraを紹介するときに検索したふたつの古語(「mögur」と「muntún」)のうち、Íslensk nútímamálsorðabókに収録されているのは「mögur」のみです。
1.「mögur」の検索結果
2.「muntún」の検索結果
「Leitarniðurstöður fyrir muntún」(muntúnでの検索結果)と表示された下には、「Leitarorðið "muntún" skilaði engum niðurstöðum.」("muntún"という検索語に当てはまる結果はありません)と書かれています。さらにその下には、「Áttir þú við munúð?」(munúðではありませんか?)と、綴りが近い語が提案されています。
Íslensk nútímamálsorðabókは、今も増補作業が行われているオンライン辞書ですが、Snaraと比べるとまだ収録語彙数が少ないです。そのため、読むものによっては、『Íslensk orðabók』やSnaraを活用する方がようでしょう。
氷−北欧語辞典と氷仏辞典:ISLEX-orðabókin と LEXIA
ISLEX
ひとつ前に紹介したÍslensk nútímamálsorðabókは、ISLEXというアイスランド語-北欧語辞典を基に作られた辞書です。ISLEXには約5万語の見出し語が収録されています。
スウェーデン語、デンマーク語、ノルウェー語(ブークモールとニーノシュク)、フィンランド語、フェロー語のどれかを読めるのであれば、アイスランド語の語を調べたいときにISLEXは役に立つはずです。
この辞書の使い方は、Íslensk nútímamálsorðabókとほぼ同じですが、検索窓の左側にあるメニュー(丸枠のなかに国旗が描かれている)をクリックすると、下の画像のように表示され、ウェブサイトの表示言語をどの北欧語にするか選ぶことができます。
さらに、どの言語で見出し語の説明を表示するのかも選ぶこともできます。各ページには、見出し語のうえに国旗のアイコンがあります。その国旗をクリックすることで語の説明を表示する言語を選択することができます。
上の画像では、サイトの表示言語がアイスランド語なので、「heiðlóa」(「ヨーロッパムナグロ」)という見出し語の上に「Orðabók:」(辞書:)と書かれ、その右側に国旗が並んでいます。ここでは、ISLEXの収録するすべての言語での説明を表示させるため、「Allar」(すべて)を選択しています。
ISLEXは現在も拡充されているオンライン辞書なので、見出し語の追加だけでなく、予告なく訳語などの内容の変更がされる可能性はある点は、頭の片隅に入れておくとよいかもしれません。
LEXIA
ISLEXを基に作られた辞書は、Íslensk nútímamálsorðabókだけではありません。LEXIAは、ISLEXを基にしたアイスランド語-フランス語辞書です。
使い方や内容は、前述のÍslensk nútímamálsorðabókやISLEXと同じなので、詳しく説明しませんが、トップページ右側に検索窓があるので、そこに調べたい語を入力したあとにEnterキーを押すか、「Leita」(検索する)をクリックすると、フランス語での説明が表示されます。
アイスランドの首都レイキャヴィークにあるアウルトニ・マグヌソン研究所(Stofnun Árna Magnússonar í íslenskum fræðum)では、現在、海外の大学等と協力して、アイスランド語-ドイツ語辞典やアイスランド語-ポーランド語辞典を編纂していますが、おそらくISLEXやLEXIAと同様の辞典となるでしょう。
ちなみに、アウルトニ・マグヌソン研究所と協力して、筆者を含む数名の有志でアイスランド語-日本語辞典を編纂しています。使い物になるのはまだ先のことですが、ISLEXやLEXIAとはすこし異なる辞典になる予定です。
氷語辞典:Málið.is
Málið.isは、アウルトニ・マグヌソン研究所が保有するアイスランド語辞書やアイスランド語に関連するデータベースを串刺し検索できるウェブサイトです。
このサイトに収録されているのは、以下の辞書とデータベースです。
1)Beygingarlýsing íslensks nútímamáls(現代アイスランド語の活用表)、2)アイスランド語綴り辞典、3)現代アイスランド語辞典、4)アイスランド語ワードネット *3、5)アイスランド語語法辞典、6)アイスランド語術語辞典、7)アイスランド語語源辞典
使い方は、とても簡単です。最上部の「Leita」(検索する)と書かれた検索窓に検索したい語を入力して、Enterキーを押すか、虫眼鏡のアイコンをクリックするだけです。ただ、アイスランド語の綴りを正確に入力しなければならないため、検索時にはアイスランド語キーボード(ブラウザ上の仮想キーボードを含む)が必要です。
このウェブサイトは、語の原形だけでなく、変化形も含む検索結果を表示します。下の例では、中性名詞「hjarta」(心臓)を検索したところ、男性名詞「hjörtur」(鹿)が見出し語の項目も出力されました。「hjörtur」の属格複数形が「hjarta」であるためです。後半の3つの辞書で「hjarta」はあっても「hjörtur」の項目が表示されていないのは、単にそれらの辞書に収録されていないためです。
各項目の右下にある目のアイコンをクリックすることで、特定の辞書やデータベースの結果を非表示にできます。
また、あまり使わない機能かもしれませんが、虫眼鏡のアイコン下にある「Raða gagnasöfnum」(データベースを並べる)を押すと、各辞典やデータベースの順番を変更することができます。ドラッグ&ドロップで順番を変えたあとに、「Vista endurröðun」(並び替えを保存する)をクリックします。
データベースの順番を入れ替え、一部の項目を非表示にすると、たとえば以下のようになります。
BÍN(Beygingarlýsing íslensks nútímamáls)やÍslensk nútímamálsorðabókをはじめ、このウェブサイトで検索できる辞書やデータベースの殆どは、それぞれ独立したウェブサイトがあります。Málið.isで見られるよりも各項目を詳しくみる場合は、それぞれのウェブサイトに移動する必要があります。そうであれば、このサイトを使う必要性をあまり感じないかもしれません。しかし、1989年に刊行されたアイスランド語語源辞典(Íslensk orðsifjabók)をオンラインで使えるのはMálið.isでのみなので、アイスランド語の単語の語源を調べたい場合には、とても役立つサイトです。
A Concise Dictionary of Old Icelandic
初版が1910年に刊行された辞書ですが、中世アイスランド語のテクストを読むうえでは今でも必携書です。電子書籍でもあります。筆者は、下の画像の表紙の紙の辞書(2004年の再販版)と、電子書籍版を所持しています。
おまけ
言語政策の一環として、海外の企業とも連携しつつ機械翻訳に力を入れているアイスランドですが、まだGoogle Translateの精度は高くありません。アイスランド語から日本語への翻訳は言わずもがな、英語への翻訳でも明らかな誤訳を出力することが少なくないので、今のところ、機械翻訳を使ってアイスランド語を読み解くことを積極的に薦めることはできません。訳文が破綻している場合はよいのですが、自然な文に見えて内容がまったく違う例を見かけます。しかし、数年前に比べれば、格段に精度が上がっているので、参考程度にとどめるならば、Google Translateの翻訳結果は、重宝するでしょう。
補註
*1
巫女の予言で「maugo」という語が登場する箇所、写本GKS 2365 4ºの1rの1行目から2行目までを1)翻刻(通常は斜体で翻刻するところを太字で代用)すると、以下の通りです。
1)
Hlioðſ bið ec allar kindir meiri oc miɴi maugo heimdalar uilðo at ec ualfꜹþr uel fram telia forn ſpioll fíra þꜹ er fremſt um man.
2)
Hljóðs bið ég
allar kindir,
meiri og minni
mögu Heimdallar.
Viltu að ég, Valföður,
vel fram telja
forn spjöll fira,
þau er fremst um man.
*2
ヘルヴルの歌で「muntún」という語が登場する箇所、写本AM 544 4ºの74rの22行目の終わりから24行目の前半部までを1)翻刻し、2)現代アイスランド語語綴りに直して詩法に則り改行して必要最低限の句読点を足すと、次のようになります。
1)
Brenni þer eigi sva bal a nottvm at ek við ellda yðra fælvmz skelfrað meyív mvntvn hvgar þo at hon dravg siaí i dvrvm standa
2)
Brenni þér eigi svá
bál á nóttum
at ég við elda
yðra fælumt;
skelfrað meyju
muntún hugar
þó að draug sjái
í durum standa.
*3
ワードネット(WordNet)については、次のウェブサイトを参照:https://wordnet.princeton.edu/