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臨死体験の鍵は幻覚に?

はじめに

光のトンネルを見たり、心の平安を感じたり、幽体離脱をしたり、一見、別の世界への入り口を越えたように見える人々が生き残ったとき、彼らはしばしばこのような話を持って戻ってきます。かく言う私も、白血病の治療中に2度、臨死に近い体験をしました。

いわゆる臨死体験というとらえどころのない体験は、何十年も前から科学者たちを悩ませてきました。なぜこのような体験が起こるのか、なぜ文化の違いがあるのにその体験は驚くほど似ているのか。

現代科学が不可解なものの研究を続けている中で、研究者たちは、臨死体験中に起こっていることを正確に理解するために、サイケデリック(幻覚)物質が鍵となるかもしれないことを発見しています。

そもそも臨死体験とは?

臨死体験(NDEs: near-death experiences )は頻繁に実験室内の科学的な調査から逃れることができたとらえどころのない神秘的なものでした。

臨死体験は、昏睡状態を生き延びたり、重度の頭部外傷を経験したりするなどの極端な状況から起きるとされています。しかも、その内容は時間が経っても鮮明に記憶されていて、20年経っても鮮明な体験を保持しているという研究結果もあります。

このように記憶が鮮明であることから、科学者はこれらの体験談を調査し、臨死体験の基本的な特徴を明らかにすることができます。最近の研究では、臨死体験には、序盤で述べたように心の平安、体外離脱、光のトンネルなどの特徴があることがわかっています。長い闘病生活の末、2006年2月に昏睡状態に陥ったAnita Moorjaniは、この臨死体験を語っています。

『信じられないことに、初めてすべての痛みがなくなり、すべての不快感がなくなりました。まるで愛に包まれているかのように感じました。無条件の愛のようです』Anita Moorjani

驚くべきことに、死と直面した後、彼女は奇跡的な回復を遂げた。臨死体験の4日後彼女の腫瘍は70%縮小していたのです。

ジメチルトリプタミン(DMT:N,N-Dimethyltryptamine)という不思議な分子

これらの不思議な経験をどのように説明すればよいでしょうか。もし宗教的な背景があれば、臨死体験は死後の世界を垣間見ることができ、最終的に天国や涅槃などの存在を確認することができると考えられます。

しかし、神経科学者であり、サイケデリック研究者でもあるリック・ストラスマン氏(Rick Strassman)は、そうは考えていないようです。

ストラスマン氏は1990年代に、アマゾンのシャーマンが使用していた強力なサイケデリック物質であるジメチルトリプタミン(DMT:N,N-Dimethyltryptamine)を使った先駆的研究を行いました。彼は5年間にわたり、60人の被験者にジメチルトリプタミンを投与し、それぞれの被験者が急激な変化を遂げるのを目にしました。

被験者は別の世界に行ったり、得体の知れない存在と出会ったりという幻覚を見たと言います。これらの証言は、ストラスマンの仏教徒としての経歴と相まって、ジメチルトリプタミンがThe Spirit Molecule「精神分子」と呼ばれるようになりました。

しかし、最も重要なのは、ストラスマンの臨死体験に対する考え方です。彼は、臨死体験を形而上学的なものに還元するのではなく、脳が死に反応してジメチルトリプタミンを大量に放出することで神秘的な状態を生み出すという説を唱えました。ジメチルトリプタミンは内因性の化合物であり、人間の体内に存在するだけでなく、動物界や植物界の多くの種にも存在するからです。

この理論は突飛に聞こえるかもしれないが、幻覚状態と臨死体験には多くの類似した結果があります。臨死体験は数多ある幻覚体験と同様に心理的な幸福感を長期的に増大させ、また死に関する不安を軽減し、自然に対する感謝の気持ちを高めることができるという研究結果が出ています。

ジメチルトリプタミンと臨死体験(あるいは死)

上記ような類似性があるにもかかわらず、長年、ストラスマンの理論は単なる理論にとどまっていました。しかし、2018年、研究者たちはこのジメチルトリプタミンと臨死体験の仮説的な関連性の検証を試みた。この研究では、合計13人の健康な参加者に、あるセッションではプラシーボ(偽薬)を、別のセッションではジメチルトリプタミンを注射しました。ジメチルトリプタミンの効果は強く、早く、2〜3分で別の幻覚世界に飛び出し、1時間以内には元の地上の現実世界に戻ってくるようです。

効果が収まった後、研究者たちは被験者に臨死体験スケールを使ってその体験を振り返ってもらいました。そのスケール内には、「肉体から切り離されたように感じたか」「神秘的な存在に出会ったように感じたか」など、臨死体験の重要な要素が取り上げられていて、7点が臨死体験を構成する「閾値」とされています。

大量のジメチルトリプタミンを体験した参加者は、なんと全員がこの閾値を超え、そして、ジメチルトリプタミンによって誘発された体験は、臨死体験の後に報告される体験と驚くほど似ていることが判明しました。この研究の筆頭著者であるクリストファー・ティマーマン(Christopher Timmerman)は、これらの発見は、ジメチルトリプタミンの幻覚状態と臨死体験の時には同様の神経化学的活動があるという考えを支持するものであると強調していています。

では、ストラスマンの仮説は確認されたのだろうか?人は死に応じてをジメチルトリプタミンを放出するのだろうか?

臨死体験後の人生

科学の世界では、必ずしも単純な答えがあるわけではありません。ジメチルトリプタミンを使用した状態と臨死体験の状態が大きく重なる体験をしていることがわかったのは確かに説得力がありますが、それは一つの研究に過ぎない。また、これらの体験の複雑さを1つのアンケートで把握することは難しいです。

そこで、2019年の研究では、幻覚と臨死体験の関係をさらに調査しました。今回、研究者たちはより高度な語彙分析を採用し、15,000件のトリップレポート(実際の旅行ではなく薬物によるトリップ)、薬物体験の記述、そして625件の臨死体験の報告書をコンピュータに入力しました。

トリップレポートには、ジメチルトリプタミン、シロシビン、ケタミンなど、さまざまな薬物の体験が含まれています。これらの報告書の内容を分析し、臨死体験と薬物体験の間の意味的な類似性を明らかにしました。

その結果、前者の研究と同様に、薬物体験と臨死体験の内容には顕著な類似性があることがわかりました。しかし、前者の研究とは異なり、臨死体験はケタミンで誘発された体験との類似性が最も高く、その後にジメチルトリプタミンなどの古典的薬物が続きました。

今回の結果では、臨死体験を誘発するのがケタミン様物質なのか、内因性のジメチルトリプタミンなのか、あるいは全く別のものなのか、正確にはまだ不明です。

おわりに

臨死体験なんて、非科学的だ、と言う人もいます。もしかしたらそれも間違ってはいません。まだ未知の分野なので科学されていないからです。上記の複数の画期的な研究は、神経化学的な作用が臨死体験の少なくとも一部を担っているのではないかという考えを裏付けました。

近い将来、死後の世界に関する理論の扉を閉めることができる日が来るかもしれませんね。

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