【エッセイ】 えんま大王様の隣
フライパンの蓋は合わないし
ケトルの蓋は壊れて
2つになったつまみが棚の上に転がっている
そんなキッチンで
自分へのご褒美のお出かけ用にサンドイッチを作る
冷蔵庫に転がっていた半分のピーマンと
玉ねぎを晒して
サイズがバラバラの冷凍エビをガーリックシュリンプに
時間はないのに、やることは次から次へと降ってきて
それでいて、節約に明け暮れる日々
それでも、旅を始めたあの日より
ある意味、ずっと良い生活を送っている
私が旅をはじめたのは
10数年前のこと
今となっては、眠気や痒みなんかで目を擦る時以外にはいじられることがなくなったまつ毛を
ビューラーでぐいっと上にあげ
マスカラで固めていた時のことのこと
人生の先々の不安や悩みは何もなく
そのまま、人生のレールに乗って安泰な道を行くことも出来たんだと思う
でも、その道から外れたのは
そんな安定した道であっても
度々、大きくすっ転んでいるような自分は
自分自身の人生の真実に向き合うのは早い方が良いとそう思ったからだ
それと同時に
どうしたってすっ転び体質だった原因が
腹の底で、影を作って住み着いている気がして
その形のない何かの正体を
どうしたって無視してはいけないようなそんな気がしたからだ
その正体を暴くために
より自分の声が響く様にと全てを捨てて旅に出たのだ
それからどう?なんて聞かれるのかな
もし、そう聞かれたとしたら
ー探していたものは、ほとんど見つかったよ
多分ね…
今、ここにある分で殆どだと今のところは思っているよ
正体?それはちゃんと分かったよ
でも組み上げるにはもう少し時間がかかるみたい…
とそう答えるかもしれない
でも、この旅は絶望の繰り返し
何度も穴の底に落ちた様な出来事に出くわして
ーもうだめだ
なんて何度も思った
地図もないから
1番の味方は、昔から頼りにして来た
ついつい、あてにしてしまいそうなほどのラッキー体質と
道なき道を歩く野生のセンサー
そんな風に絶望に足を取られながら
危なっかしい旅を長年続けて来た
長くて暗いトンネルを十数年も歩き
トンネルの歩き方も攻略できるように目も慣れてきて
サンドイッチを作りながらこんなことを思った
ー絶望って抜け出そうとするんじゃなくて、抜けるんじゃないか
と
先日、こんな話を聞いた
ー鬱って治すんじゃなくて、抜けるんだって
ほら、鬱抜けっていうでしょ?
と
ああ、絶望も同じなのかもしれないと
勿論、絶望だって様々なレパートリーがあって
きっと対処法も違う
でもそれが、何かを目指してぶち当たってしまった絶望なら
目的があって目の当たりにしている絶望なら
よりそんなことが言えるのかもしれないと
勿論、何もせずに抜けていく訳ではなく
絶望として送られて来る人生の課題なるものに向き合う自己探究が必要で
それらをやり切っていたとしたら
あとは抜けるのを待つしかないのではないかなんて思ったのだ
蓋のサイズが合わないフライパンに壊れたケトル
サイズがバラバラの冷凍エビ
ひとりで出かける為に、昼食の節約のためにサンドイッチを作る
決して素敵なランチをする訳ではないから
なんだかな…とか思いつつも
昼食が楽しみで
シャリっと音を立てる歯応えの良いピーマンと玉ねぎの味を思い浮かべる
好きな音楽を聴きながら窓から入ってくる風を感じながら歌って踊って料理をする
それに、蓋のサイズが合わないフライパンで作る
朝のフレンチトーストは格別だ
天国にいなくてもそれなりに人生は楽しめる
そう、近所のおばちゃんと話し込むみたいに、すっかり地獄に居着いて閻魔大王とお茶会をする
そんな感じかしらね…と
ーもうちょっと良いお茶請けないの?閻魔大王なのに?
これスーパーで売ってるやつじゃん
ー地獄だって、経営不振なんじゃ
天国は景気がいいらしんだけどねぇ...
ーそりゃそうだ!景気が良くて羽ぶりもいい地獄なんてねぇ
なんて、手を仰いでお茶を啜って
ーところで、あの針の山もう少し優しめに改良してよ
針の先端をさ、こう丸くなだらかにするとかさ
なんて、お茶まで出してもらっている癖にさらに図々しく居座って
地獄にいることと、人生に喜びを見つけることは別なのかもしれない
早朝の薄暗い時間帯に、朝一番に窓を開けた時
子供の頃に好きだった地味な遊び
そこら辺を歩いている、虫の名前を知ること
山道を歩く時の葉を踏む音
サイズがバラバラのエビの味
思えば、旅に出る前の日々と旅に出た今
きっと、豊かさの意味は変わって来ている
と言うより、忘れていた豊かさの意味をもう一度、思い出したのかもしれない
絶望が教えてくれる、人生とは何か?という数々の答えを集めて来たら
旅に出た時とは、まるで違ってしまっている視界と景色を感じている
痛い試練に出会っては、そこに隠された宝物の正体を暴き
閻魔大王とお茶をする
訳あってやって来てしまったであろう絶望
それなら、向かい入れ方を考えようかと
そんな心意気で向き合ってみれば少し変わるかもしれない
天国に行った時にも、閻魔大王とお茶をした時間のことを忘れないように
自分にとっての本当に大切なことを刻みこむように
akaiki×shiroimi
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