人生ってなんだろう(22)
ルドルフ ハクビシンを弔う
この4~5年ほど、庭のビワの木が実を付ける頃、ハクビシンが2頭深夜に訪れます。そのビワの木は20年近く前に、庭に投げた種が発芽したものです。今や大木といえるほどに育ちました。毎年6月ごろに、たくさんの実をつけます。小さなビワの実なので、そのまま食べてもおいしくはありません。うす甘くて、酸味の強い味です。今年はいくつかを採り、枇杷酒を作りました。杏仁豆腐のような香りの良いお酒が出来上がりました。
残りの実は落ちるに任せておりました。そのビワの実を目当てに彼らは訪れます。良くニュースで住宅街に出現する野生動物の報道がなされますが、近所を棲家とするハクビシンがいたのでしょう。
今年も何度かの来訪を受けました。ビワの種をまき散らすので、朝になるとすぐに判ります。一晩で50個以上の実が無くなっており、よくもまあ食べるものだと、半ば感心しておりました。実が落ちると庭の片付けも、手間が掛かりますので、彼らが食べるに任せておりました。近所迷惑にならなければ、まあ良いかなといった感じです。
今年の夜半に、部屋でPCを叩いておりますと、隣家の屋根の上にちらちらとした輝きが目に入りました。これは不思議なことだと、ベランダから隣家の屋根を眺めますと、黒い影が2つ屋根の上で動いておりました。ああハクビシンがまた来たのだなと思い、しばらく様子をみることといたしました。初めのうちは2頭で、屋根の上に佇んでおりましたが、やがて背伸びをするように、身体を擦り合わせはじめました。時折キラキラと目が輝いております。ビワの実目当てに来て、一休みといったところかなと思い、その後も2頭を眺めます。2頭はじゃれあうように、身体を擦り合わせたり、屋根の向こう側に姿を消したり、また現れたりと遊んでいるようにも見えます。
“きっと、つがいの2頭なのかな、実に仲の良いことだ”と、世間では迷惑がられる存在だと思いますが、すこし微笑ましくもありました。まあ何とか、人に迷惑を掛けずに生き延びて欲しいものだなあと、思った次第です。
やがて冬が訪れ、寒さ厳しくなってきた頃、彼らのことはすっかり忘れておりました。
夕方に娘が外出をすると言って、玄関から出かけて行きました。しばらくすると私のスマホに着信があります。何か困った事でも起こったのかしらと電話に出てみますと、
「たいへん、スーパーの裏の公園の前でハクビシンが倒れているのよ。もう亡くなっているようで、みんな気にして見ているの」
ああ、あのハクビシンが亡くなったのかと思い、その場の様子を話す娘の言葉に、聞き入りました。子猫ほどの大きさの小さなハクビシンが道の傍らに、倒れていたようです。特に外傷もなく、きれいな姿で亡くなっていたとのことでした。
「まだ子供のハクビシンかな、きっと車に轢かれたのだろうね。一生懸命生きていたのだから、やさしい気持ちでお見送りをしてあげてね」と伝えました。あの2頭の子供なのだろうな、今頃はきっと悲しんでいることだろうと、私も少し悲しい気持ちになりました。
しばらく後、月明かりの空の下、あの2頭がじゃれ合っていた隣家の屋根を見つめておりました。すると、流れ星が一つ目の前を落ちてゆきました。出来過ぎた話に聞こえるかもしれませんが、何十年か振りに見る流れ星です。私には、この流れ星が、ひとつの命の消えてゆく姿に思えました。