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「寝るのは、明日できますから。」  ドキュメント120分 2024年9月27日(金)、新居浜高専体育館。

 9月29日の「ロボコン2024四国地区大会」を直前に控えた9月27日(金)。新居浜高専敷地内の体育館では、19時から21時の予定で、四国地区大会に向けた最後の練習が行われていた。



19時少し前

 19時少し前に高専に到着すると、辺りはもう真っ暗。グラウンドで練習をしていたと思しき運動部の学生たちが、「何時の電車に乗るか」という話をしながら、足早に帰路についている。機械工学科棟の前には「高専ロボコン2024四国地区大会」と開催日を同じくする「海上自転車競走」出場を控える鳥人間航空研究部の足漕ぎボートが、トラックへの搬入作業を終え、保管されている。この経験が将来「プロペラ機」に活きる日を夢見て、まずは翌9/28の出発を待ちわびている。

 体育館を訪ねる。本番と同じサイズの競技フィールドの準備は完了しているが、ロボットは見当たらず、数名の学生がバスケットボールに興じている。「僕らも待ちぼうけです。みんな、コンビニ行ったり、お風呂入ったりしてるんじゃないですか」との返事。この週から後期の授業が再開している新居浜高専では、夏休みを終えて学生寮の稼働も再開しており、学生寮のお風呂は20時30分までとのこと。学生時代特有の、「ルーズ」とは少し違う、ゆったりとした時間が流れているように感じる。

 ロボット研究部の部室に足を向ける。部室前には、四国地区大会に出場する A・B 2チームのうち、下級生を中心とした【Bチーム】のロボットが準備されている。2024年大会のミッションは、目標に向かってロボットを発射する【親機ロボット】と、親機に発射された先でボールや箱の回収ミッションを行う【子機ロボット】がセットとなるはずなので、新居浜高専から出場する上級生中心の【Aチーム】のものを含めると、もう何台かはロボットがあるはずなのだが、それらが体育館に運ばれそうな雰囲気は今のところ、ない。部室の中では、大忙しでロボット製作が続いている。「もう19時を過ぎたから、早く体育館に行こう」と周囲を急かす学生もいれば、「この調子じゃ、今日は無理かも」と大声で宣言し、あくまで部室で製作作業を続けようとする学生もいる。部員それぞれの熱意が充満し、部室の外まで少し、溢れてくる。


19時40分過ぎ

 19時40分過ぎ。体育館にようやく、【Bチーム】のロボットが運ばれてくる。【親機ロボット】には、強力なバネで動き、「投石器」のような要領で子機を飛ばす発射機構が備えられている。そして、この親機に発射された先のフィールドで、ボールや箱を親機の方に投げ返すミッションを担う【子機ロボット】には、野球のピッチングマシンのようにボールを発射できる、高速回転ローラーが搭載されている。

 体育館に到着後、まずは【子機ロボット】の動作テストが始まる。無線接続されたコントローラーを操作すると、ミカン箱くらいのロボット本体に搭載されたボール発射用のローラーが、元気よく回る。「ああ、あそこにボールが入ると、ボールが発射されていくんだな」というのが、素人にも分かりやすい構造だ。

 ローラーが順調に回ることが確認されると、実際にボールを発射するテストが始まる。大会規定サイズの赤いボールがセットされる。コントローラーが操作される。【子機ロボット】からポロっと、ボールがこぼれる。転々とするボールを拾い、またセットする。次は、コロンと、本来発射したい方向とは逆方向に、ボールがこぼれる。

 学生たちが【子機ロボット】の周りに集まる。漏れ聞こえる話から察するに、ローラーとボールの摩擦が抵抗となってローラーの初速が極端に遅くなり、ローラーがフル回転になる前にボールが押し出されてしまっている様子。「ローラーにスポンジを巻いて、摩擦を少なくするか」「いや、それだとボールが滑って、逆に飛ばないんじゃない」「スポンジも、途中で外れちゃいそう」「スポンジはワイヤーで留めるからなんとかなるはず…」など、侃々諤々、意見が交わされている。そのうち、【子機ロボット】で議論の中心にいた学生が「今日はもう、こっちのロボットは部室に持って帰るわ」とテストの終了を宣言し、ロボットと共に部室に帰っていく。思った通りに行かなかった落胆と焦りが、背中から滲む。

 一方、投石器の要領でロボットを発射する【親機ロボット】。1辺が1メートルほどの立方体の本体の真ん中に、投石器でいう「アーム」部分が装備されている。本体は4輪駆動になっていて、それぞれの車輪が回る方向によって、360°全方向への移動が可能なロボットだ。
 バッテリーが装着されて、いよいよ初動。ウイン、と典型的な機械音とともに、バタバタと車輪が豪快に地面を捉える。ロボットが見事に、縦方向にも横方向にも動く。

 しかし、プログラミングを主導した守屋さんは浮かない顔。すぐにロボットを止め、プログラミング用のパソコンをロボットと繋ぎ、制御の内容を確認している。どうやら、前⇄後、左⇄右の方向コントロールが、意図する方向と違うようだ。「前、うまく行った時と同じプログラムのはずなのに…」という当惑の声が漏れる。数日前に交換した制御基板が影響しているのでは、と原因が推定され、「プログラムはそのままで、制御基板を修正するか」「制御基板はそのままで、プログラム内容を修正するか」という葛藤がある様子。引き続き、パソコンを繋いでプログラムを修正しては動作を確認し、確認後にまた修正し、という試行錯誤を続けている。
 その様子を見守っていた、顧問である松友先生が言う。

 「二・八の法則」というのがあるんです。全体の8割まで完成させるのは、2割の労力でいける。でも、8割完成から10割完成までの『2割』分、完成度を上げるには、8割の労力が要る。彼のプログラムは、8割は完成している。そこから先で、悩んでる感じですね。

 守屋さんの表情や実際のロボットの挙動を見るに、この日の21時まででは「残りの2割」を詰め切れなかった様子。しかしながら「明日の朝、6時から部室入りたいんですけど、いいですか。」と顧問に乞う彼の声には、‘残り8割の労力’を全く厭わない充実感がみなぎっている。


20時30分ごろ

 20時30分ごろ。上級生中心のAチームは未だ、体育館に現れない。試行錯誤を続けるBチーム【親機ロボット】では、投石器のようなアーム部分に改善点が見つかり、ロボットに学生が群がっている。アームを固定するストッパーが水平ではないために、固定した際の安定性が損なわれいる、という問題のようだ。
 すると、それまではどちらかというと外野からBチームの様子を伺っていた学生が、ロボットの横に腹ばいになりながら問題箇所を指差し、口を開く。そして「ここが傾斜になってるのが良くないんだ」「ここに角パイプを噛ませれば、いけるはず」「10×10の短い角パイプを2本、切ってきて」などと、矢継ぎ早に指示を出す。
 その指示を受け、猛然と部室に戻る学生たち。指示を出した彼は、本番ではコントローラーを握る3人の「操作」役でもなければ、操作役に帯同してロボットの試合直前のメンテナンスを行う2人の「ピット」役でもない。誤解を恐れずに言うなら、「1チーム5人」というスタメンから漏れてしまった学生である。そんな彼にも、内に秘めた情熱が確かにあるのだ。


20時50分

20時50分。体育館がにわかに騒がしくなる。「寮生は、もう後は俺らに任せて、はよ戻る準備してよ!」と声が飛ぶ。
 新居浜高専は、新居浜市内だけでなく県内外から広く学生を受け入れている。自宅から通う通称「通生(つうせい)」だけでなく、学校敷地内の学生寮を住まいとする「寮生」がいて、学生寮の「点呼(門限)」は21時。21時までに学生寮の自室に戻るのは、「寮生」の至上命題なのだ。その21時が、目前に迫る。猛スピードで、寮生たちが身の回りの片づけを始める。

 Bチームでは「残りは明日」となり、片付けと、体育館の消灯が進む。「21時までになんとか寮生を寮に戻し、片付けも終わった」という安堵の中、Bチームの「通生」たちが【親機ロボット】と共に部室まで戻る道中、部室の方向から「体育館、まだ開けといて!」と叫ぶのが聞こえてくる。時刻は20時55分。上級生中心の【Aチーム】が、なんとか【親機ロボット】の動作確認だけでも、と駆け込みで体育館にやってきたのだ。

 手早くバッテリーが装着されるAチームの【親機ロボット】。本体から斜め上に突き出た2本のレール上に、【子機ロボット】を滑らせて発射する機構のようだ。本体下部にはボールの取り込み口もある。細い毛のような部品がモーターで回転し、ボールをかき込むのだ。
 驚くのはその操作方法で、Bチームは家庭用ゲーム機のコントローラーを流用していたのだが、Aチームはなんとタブレット端末操作。端末の画面上には方向キーと、「ボール取り込み」など各機能のボタンが簡素に配置されている。

 そして初動。タブレット操作通りの滑らかな挙動と、しっかりとした「ボール取り込み」。「うおー」「やっべー」「ふー」と、ロボットの様子を見守っていた学生から歓声が上がる。この日はテストしなかったが、【子機ロボット】の挙動も安定しているとのことで、さすがは上級生。「明日は本番直前だけど、タブレットのUIデザインをもっとかっこよくしたい」と、タブレット制御の設計を担当した生徒からはデザイン面の話も出ている。ロボットのミッション達成にめどがつき、余裕があるのだ。


21時 そして帰り道

 21時。大急ぎでAチームが動作テストを終え、何名かの「通生」を残すだけとなった部室では、のんびり片付けが続いている。
「操作役やピット役で出場する学生たちは明日28日の出発、それ以外の学生は9月29日の大会当日に、応援バスで出発です。応援の学生は明日、出場する学生を見送った後、部室の片付けですね。」と松友先生。
 ロボットの部品と試作品と工具と図面であふれ、文字通り‘足の踏み場もない’部室の風景も、ひとまず明日まで。そしてそんな「明日」は、朝6時作業開始。

 ある学生は帰り際、「今日はこの後、寝ないと思います。寝れないと思います。寝るのは、明日できますから。寝ずに明日6時までゲームして、また来ます。」と話す。
 明日の朝が待ち遠しい。ロボットを本番会場に送り出すまでに、やりたい作業がまだまだ残っている。彼らは確かに、青春の只中にいるのだ。


Aチームの大会奮闘記はコチラ。
Bチームの大会奮闘記はコチラ。

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