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それでもパフェは美味しい

 「ねぇ、それ何読んでるの?」
女はスマホから目を離さず聞いた。
 「あっ、これ?小説」
男はそっけなく答えた。テーブルに置かれたホットコーヒーからは白い湯気が立ち昇っては消える。
 「小説ね。なんの小説?」
 「昔の」
コーヒーの白い湯気が二人の間でゆれる。
 「あっそう。本好きなんだね」
 「まぁ、多少は」
男がそういったきり、しばらく沈黙が流れた。入口のベルの音がやけにはっきりと聞こえてくる。思えば喫茶店は沢山の音や香りで溢れている。
 「真面目なんだね」
 「別に真面目って訳じゃないんだけど。ただ、面白いから読んでるって感じ」
 「ふーん。さすが〇〇大学。頭良いんだね」
女がそう言うと、男は本から目を離して、女の方を見た。女の目は相変わらずスマホに向いている。
 「いや、そんなことは、、、。けど、うん。まぁ、ありがとう」
男は再び本に目を戻した。
 「何?」
女が言った。
 「何が?」
 「今、何か言いかけたでしょ」
 「あっ、そんな大したことじゃないから、大丈夫」
 「へぇ」
 「ところでさ、君こそ何見てんの?」
今度は男が女に質問する。
 「友達からきたLINE返してた」
 「なるほどね」
再びの沈黙。隣の席の高齢男性がスポーツ新聞を乱雑にめくる音がやけに響く。
 「けっこうくるの?」
男が尋ねる。
 「初めてだよ」
女が答える。
 「いや、この店のことじゃなくて、LINE」
 「あぁ、それは日によるよ」
 「それはそうなんだけど、毎日何かしら友達から連絡きたりするの?」
 「まぁ、何かしらは。てか、何でそんなこと聞くの?」
 「別に意味なんてないけど。ただLINEの返信が忙しそうだから。それに、、、」
 「それに?」
 「さっきチラッとLINEのトークリストの画面が見えちゃったんだけど、未読のトークが凄く多かったから、少し気になって」
 「あぁ、なるほどね。すぐに返信する必要がなさそうなやつは後回しにしてるから気がついたら連絡が溜まっちゃうの。だから時間が空いたときにまとめて返信するようにしてるの」
 「ふーん」
 「てかさ、やっぱりあんたがさっき言いかけたことが気になるんだけど」
女はスマホをテーブルに置いて、男の方を見る。
 「いや、本当に大したことじゃないから」
 「だったら尚更言ってよ」
男は本を閉じてテーブルに置くと、女の目を見る。
 「本当に大したことじゃないんだけど、読書してるからって頭が良いとは限らないんじゃないかなって思っただけ」
そう言うと、男は女から視線を外してティースプーンでホットコーヒーをクルクルとかき回しはじめた。
 「なるほどね。けど、読書ってある程度の教養がないとできないものでしょ?」
 「それはそうかもしれないけど、書かれてるのは何も小難しい数式とか外国の文章なんかじゃなくて、僕らが普段から使ってる日本語なんだし、それに、君だって大学に通ってるくらいなんだから読書できるくらいの教養はあるでしょ」
 「確かにそうだけどさ、人がせっかく褒めてあげてるんだから、細かいことなんて気にしないで素直にありがとうって言えばいいのに」
女はムッとした口調で言った、
 「それにさ、本当はそう言って欲しかったんでしょ?頭良いんだね、難しそうな本読んで凄いねって。だから、わざわざ紙の本なんて取り出して読み始めたんでしょ?」
 「別にそんなことないけど。第一、僕がどこで読書しようが僕の勝手だろ。しかも、さっき言ったように、読書なんて君にだってできることなんだから、そんなことで威張ったりできる訳ないだろ」
「君にだって、か。あんたってそうだよね。自分では気がついてないかもしれないけど、
いつもどこかで他の人のことを見下してる。さっきだって、私があんたの読んでる小説のタイトルを聞いてるのに、「昔の」って答えてみたり。あれだって、どうせ私なんかに言っても分からないって思ったからでしょ?私だってね、別にあんたが読んでる本のタイトルなんて死ぬほどどうでも良いのよ。死ぬほどどうでもいいけど礼儀として聞いてあげてるんでしょ?」
 「礼儀?」
 「そう、礼儀。というか構ってあげてるって感じかな。面倒くさいパフォーマンスに構ってあげてるの。本当は無視してやりたいんだけど」
 「それってどういうこと?」
 「だから、あんたの読書がパフォーマンスだって言ってるの。だってそうでしょ?友達といるのに普通読書なんてするかな。読書って一人の時にするものでしょ?それなのにわざわざ紙の本なんて取り出して目の前で読書するなんて、そんなの相手から「頭良いね!」とか「すごいね!」って言われるの待ちじゃんか。褒めの恐喝だよ。そこまでしてインテリぶりたいかね。これだから私大文系の学歴コンプは困るよ。学歴で武装できないかわりに読書家っていう肩書きに新たな可能性を見出してるんだから」
 「なにもそこまで言う必要ないじゃないか。確かにこの状況で本を読むのは失礼なことなのかもしれないよ。けどね、そもそものことを言えば、君がスマホに夢中になり始めたのがいけないんじゃないか」
男はいじけた口調で言った。
 「えっ、なにそれ?私がスマホいじってたから、その仕返しに読書し始めたってこと?」
女は嘲るように言う。
 「仕返しじゃないよ。そんな悪意のこもった動機じゃなくて、君のスマホを触るという行為が許されるなら、僕の読書だって当然許されるべきじゃないかってことを言いたいんだよ。第一、どうして読書がここまで特別扱いされるんだよ。スマホをいじるのと同じじゃないか。君たちは友達といるときでも当然のようにスマホをいじるし、反対に友達が同じことをしてても特に何も言わないだろ。それなのに読書となるとさっきみたいに皮肉めいたことを言ってくる。これっておかしくないか」
 「スマホはいじりながらでも普通に会話できるでしょ?けど、読書はそれができないじゃん。てか、友達といるときに読書するのって普通じゃないよね」
 「普通か普通じゃないかなんて個人の感性なんだから、そんな曖昧な価値基準を議論に持ち込まれても困るよ。あっ、分かったよ。君はさっき僕のことを学歴コンプって言ったけど、本当にコンプレックスを抱いてるのは君の方なんじゃない?」
今度は男が嘲るように言った。
 「は、何言ってんの?」
 「さっき僕は君に、君にも読書できるくらいの教養はあるはずだって言ったけど、もしかしたら重要なことを見逃してたのかもしれないね。君には本を読めるだけの教養はあっても、それに耐えうるだけの根気だったり、集中力がないんじゃないか?そのせいでこれまで何度も読書で挫折してきたんだろうね。だからこそ読書している人を見て、つい皮肉めいたことを言ってしまうんだな。本当は羨ましいと思ってるくせに、そうでもしないと自分が惨めで仕方ないから」
卓上のコーヒーはすっかり冷めて、もはや湯気は上がっていない。
 「みんながみんな読書したいと思ってるはずだなんて考えてるんだとしたら救いようがない馬鹿だよね。そんな訳ないじゃん。私が読書をしないのはただ単に読書以外に趣味があるからってだけ。てか、あんたが読書してるのを見てパフォーマンスだって思ったのは、ちゃんと理由があるから。あんたからはね、頭良いと思われたい雰囲気がプンプンするのよ」
 「いつ僕がそんな雰囲気を漂わせたっていうんだよ」
男は食い気味に答える。
 「ほら、今だって。わざわざ「漂わせる」なんて小難しい単語使って。さっきだってそうよ。なにがアイマイなカチキジュンをギロンに持ち込むな、よ。私はギロンなんて大層なことしてません。こんなのはギロンでもなんでもなくただの言い合いだから。そういうね、必要もないのにわざわざ小難しい単語を使ってくるところとかね、本当にうんざりすんのよ。もはや笑えてくるというか、逆にコイツものすごいバカなんじゃないかとすら思えてくるわけ」
 「それじゃあ僕も言わせてもらうけどね、君は正真正銘の馬鹿だね。LINEの件でもそうだよ。すぐに返す必要のないものは後回しにするからいつの間にか通知が溜まっちゃうといっても、それにしても溜まりすぎだろって思うよ。100件以上溜めてるってどういう了見なの?君は暇を持て余しているタイプの腐れ学生なんだからLINEの返信をする時間なんて腐るほどあるはずだし、そこまでLINEの通知を溜めるってのは相当なノロマだからとしか言いようがないね。きっと勉強も仕事もできないんだろうな。あと、スマホの画面がバキバキの状態のままで放置するのやめた方が良いよ。育ち悪いと思われるから。そういえば君って誰にでも簡単に股を開くことで有名な、あのヤリ〇ンって部類の人間だっけ?」
男は勝ち誇ったような顔で言った。
 「は?通知が溜まってるといっても殆どは公式LINEからきた返信する必要のない通知ですから。そもそも100件も溜めてませんし。馬鹿じゃないの?てか人のスマホ勝手に盗み見すんなよ、変態が」
 「あっそうですか?殆どが公式LINEからの通知だったんですね。失礼しました。けど、公式LINEからきた返信する必要のない通知をいつまでも放置しておくのってどうなんだろうな。やっぱりノロマ馬鹿なんじゃないのかな?それともわざわざ公式LINEの通知を残す必要でもあるの?」
 「ただ面倒くさいだけでしょ?別に消そうと思ったらいつでも消せるし、そもそも通知を残してたところでなんの支障もないんだから、既読をつける手間を考えたら放っておく方が賢いと思うけど」
 「いや、そうじゃないな。君は明確な意図を持って通知を放置してるんだな。LINEのアイコンの左上に大きな数字を表示させることで周りの人から、自分が人気者だと思ってもらいたいんじゃないの?通知の多さを見せつけることによって自分の存在を大きく見せようとしてるんだな。その発想はそこら辺のチンピラがタトゥーを入れるのと全く同じだな」
男は嘲るように言った。すると女は我慢の限界を迎えたのか、言い返す代わりに男を強く睨んだ。一触即発の雰囲気。男と女の間には恐ろしいばかりの緊張が走る。
 その時だった、ウェイトレスがテーブルにやってきた。
 「大変お待たせいたしました。チョコレートパフェといちごパフェでございます」
二人の目の前にはそれぞれチョコレートパフェといちごパフェが並べられた。すると、二人は喜びの声をあげた。
 「うわー、めっちゃ美味しそう!!!」
女は手放しで喜んだ。早速二人はパフェをひと口頬張る。すると、
 「美味しい!!!!」
あまりの美味しさに先ほどまでのことなど全て忘れてしまった。
 「パフェ、最高だぜ!」
男は言った。女は大きく頷いた。

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