習作『猫屋敷の恐怖』
保健所へ送るつもりだったんだ。
俺の唯一の趣味は庭いじりでさ。植木を剪定したり、雑草を引っこ抜いて芝生を芝刈り機で綺麗に刈り取ったりしているんだ。家庭菜園でプチトマトやアスパラガスの栽培とかやったりな。庭はいいぞ。自然に触れてると、ささくれだった心が癒されるし、自分だけの楽園を思い通りに築いていけるのだからな。
それがだ。その築いている楽園に野良猫がフンをしていくんだよ。最初はそんなに多くなかったんだ。時々なら仕方ねぇや。動物のする事だものと諦めもしていたんだ。そしたら、あいつらときたら調子に乗ったのか、毎日のように、しかもいくつも残していきやがるんだよ。それがずっと続いてさ。猫のフンを毎回片付けるハメになったんだ。その度に隅のスペースに埋めてさ。そこだって、ここには何を植えようかとか、そりゃもう楽しみに考えている場所で、肥溜めの場所じゃないってんだよ。まったく。おいおい、あんた他人ごとだと思って笑ってるな? 俺だって他人ごとだったら、どんなによかったことか。
それでさ、2週間ほど過ぎた頃、流石に頭に来てよ。トラップを仕掛ける事にしたんだよ。そう。狸とか害獣を捕獲するためのケージでさ。中に入ると出てこられないやつ。そしたらあんた、どうなったと思う?
七匹も猫が引っかかりやがった。
それもたったの一日でだぜ。一匹納屋の中に放り込んで戻ってくると、既にケージの中に一匹捕まってるんだよ。おいおい、貴様ら揃いも揃って、この畜生どもめ。俺が何を言ってもニャーニャーうるさく鳴きやがる。うるさいから餌を与えると黙りやがる。黙ったかと思ったら、今度は納屋の中でゴロゴロ寝っ転がりやがるんだよ。これから自分たちがどうなるかも知らずに安心しきった顔でよ。何なんだ、あいつらの性格の図々しさは。クソッタレどもめ。
それでとりあえずというか、捕まえた猫に名前を付けることにしたんだよ。こちとら猫に付ける名前なんてペトロニウスくらいしか思い浮かばないってのに。仕方ないから最初捕まえた三匹にロバート、アンスン、ハインラインと後の三匹にアーサー、チャールズ、クラークって付けて、最後の一匹にペトロニウスって名付けたんだ。なんでペトロニウスにこだわるかだって? さてはあんた、『夏への扉』を読んでないな。名作だから読んでおけって。まあいいさ。兎に角その中で酒を嘗めるのはそのペトロニウスだけだった訳だし。
それで何だっけ?
ああ、そうそう。すべての猫に名付け終わって、保健所へ連絡する事にしたんだよ。
え? 名前を付けておいて何でそんな事するんだ? 飼うつもりじゃなかったのかだって?
いいかい。俺はこれでも冷酷非情な男で通ってるんだぜ。それに名前がないとキチンと弔えないじゃねぇか。化けて出られちゃ堪らんからな。名前を付けたのは人としての最後のお情けで、庭にフンをしたのを許した憶えはないんだぜ?
それでネットで調べて携帯から保健所に電話をかけているとよ、あれ? 太った猫のアーサーの様子が何やらオカシーぞと。太っているだけかと思ってたがお前ひょっとして……いや、まさか!? そう、そのまさかだよ。
妊娠してやがったんだ。
クソッタレめ。本当にクソッタレだよ。いくら冷酷非情といえど胎児と一緒にあの世へ送るのは気が引けるってもんだ。気がついちまったらもう後の祭りよ。全員事情を知っているのか、七匹の猫が一斉にこっちを見てやがるのさ。『さあ、どうする人間よ』ってな眼差しでな。ええい、ままよ!
保健所の職員と繋がったのにもかかわらず、そのまま電話を切ったあとの俺は、てんやわんやの大忙しだったよ。それから六匹も産まれて、フィリップ、K、ディック。ハーバード、ジョージ、ウェルズってもう一度SF作家に因んで名付けたのさ。仔猫は可愛いぞ。写真見るかい? いやいや、見てみろって。無茶苦茶可愛いから。この白い靴下を履いたようなKの勇姿を見てみろって。ほらほら。
そんな感じで、気がつくと猫どもには無かったはずの情が湧いてきてな。保健所送りにする事もままならず、十三匹の猫と暮らすようになっちまったって訳さ。まあ、それが俺の家が猫屋敷になった経緯って所かな。
躾けたら庭じゃなくて指定の場所でみんなするようになったし。当初の望み通り、楽園の庭は守られんだから、結果オーライって事でいいのかな。
さて、そろそろ帰るとするよ。クソッタレどもが餌を待ってるんでな。
あんたもあいつらには本当に気をつけた方が良いぜ。出来るなら少しでも関わらない方が身の為さ。あんなに毛嫌いしていた俺ですら、気がついたら猫屋敷になってるんだから。
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