わたしもじんるい
皇室典範第二章第九条:天皇及び皇族は、養子をすることができない。
同第十二条:皇族女子は、天皇及び皇族以外の者と婚姻したときは、皇族の身分を離れる。
第十一条:年齢十五年以上の内親王、王及び女王は、その意思に基き、皇室会議の議により、皇族の身分を離れる。
○2 親王(皇太子及び皇太孫を除く。)、内親王、王及び女王は、前項の場合の外、やむを得ない特別の事由があるときは、皇室会議の議により、皇族の身分を離れる。
10年前、令和という新元号に浮かれる区役所で養子縁組届を貰って来た私に彼女の口からか細く紡がれたその条項は私と彼女が家族になれないという根拠だと言った。
同性が結婚できないこの国で、彼女を養子に出来ないのは私と彼女が家族になれないことと同義のように思えた。
それに抗うために続いた10年に渡る約一億三千万人対二人の苦しく孤独な抗争は、密かに彼女を病ませてきた。
そして皮肉なことに、この孤独な抗争は精神を病み皇族としての任を果たせなくなった彼女をやむを得ない特別の事由として認定し、皇籍離脱を皇族会議が認めたことによって終わりを迎えた。
そうして私たちは二人ぼっちになった。
世間の目を逃れるように生まれ育った東京を捨て、タダ同然の安別荘を買い、私と彼女は最低賃金ギリギリの不安定な雇用に基づく労働と障害者年金でかろうじて生き延びていた。
テレビは2030年の年明けのカウントダウンを映している。
「2020年代なんて、ロクなもんじゃなかったね」
私がぽつりと言う。
酷暑の東京五輪は選手や観戦者の体調不良に悩まされ、大阪万博やIR構想は一時のバブルに終わって国民には何も益も残さなかった。
国民所得は緩やかに下方へ落ち、多様なルーツを持つ日本人が増えながらもそのほとんどは日本人でいることが出来ず、静かに心を殺し続けてきた人々がすし詰めの電車に乗ってて労働に従事し、緩慢にしか変わる事の出来なかった日本は間違いなく世界標準からずり落ちていく。
「わたしは、良かったよ」
「どうして?」
「わたしもようやく人類にもどれたから」
皇族と言う箱から解き放たれ、私と二人ぼっちの孤独な生活を彼女は実に尊いもののように笑った。
この穏やかな不幸に包まれた国で彼女だけが唯一幸福そうであった。
<終>
皇室典範についてはここから引用しました
1月22日:自創作サイトでも読めるように転載。内容は同じです。