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短編小説【ピント 2】

 2 花村写真館

 二日前、母方の祖父の葬儀が終わった…。
 数日前までは元気に老舗の『花村写真館』で働いていたのに急に倒れてしまい、そのまま逝ってしまった。

 一週間ぶりに店を開けることになり、僕は学校帰りに『花村写真館』に寄り店番をしていた母と交替した。
 前掛けを付け僕は机の上に置きっ放しだったカメラを構えファインダーを覗いたまま壁に飾る額に入ったモノクロやカラーの写真、棚の古い型のカメラや様々な大きさのレンズを見渡した。入口に気配を感じ振り向くとセーラー服姿で中学の頃同じクラスだった久保あかねがこちらを見ていた。「あっ」と僕はファインダーを覗くのを止め「久保ってこの辺なの?」と声をかけ、「うん。すぐ近く。泉君は何してるの? バイト?」と久保は透き通る声で答えた。
「そんなようなところ。そっちこそ」
「今朝お店から電話が来て写真取りに来て下さいって言うから…」
「そう…。写真取りに…ちょっと待ってて」
 僕はカウンター下の棚にある段ボールをカウンターの上に置き「控えは?」「あっうん…」と久保は財布から取り出した。
 渡された用紙を頼りに封筒のナンバーを探してると壁の写真や機材を見ていた久保は「いいなー」と呟いた。
「久保って写真部なの?」
「うん。あっすごい。一眼レフ沢山ある」
「気に入ったのあるんだったら持って行って良いよ」
「え?」
「ここうちのじーさんの店なんだけど死んじゃったし、店閉めるんだと」
 「閉めちゃうんだ…」と儚げな顔。
「仕方ないよ。誰も継ぐ人いないんだし」
「そっか…」
 また儚げな顔をされるのが嫌で僕は「あった」と久保に控えと封筒を見せ渡した。
「ありがとう。いくら?」
「お代はいりません」
「え?」
 キョトンとした久保の顔が面白く笑いを堪えながら「そこに書いてあるだろ」とレジ横に貼られた手書きの紙を指さした。
 『もしこちらの都合で送れた場合代金はいりません』
「でも…」
「それだけは守ろうと思って…」
「そう。じゃ手伝わせてよ。ね」
「…うん。いいけど」
 写真を取りに来た人に「遅れてすいません」と頭を下げる方が多かったが「ありがとう。残念ね」と閉店の紙を見てそう言ってくれる人もいた。
 僕はカウンター横の机の中を片付けていると奥の方に店の名前が入った古い茶封筒が見つかった。
 『下河優子』と言う人宛に送ったらしいが届かずに戻って来たみたいだ。
 封は切られておらず思い切って中を開けると趣味で撮ったらしき数枚のモノクロ写真が入っていた。
 そこには久保そっくりの少女が無邪気に満面の笑みを浮かべていた。
 店の前で撮った若かい頃のじーさんらしき人物とその少女の写真もあった。
 「冗談だろ…」と僕は呟き、気になった久保は「どうかしたの?」と僕の肩を叩いた。
 「なぁこの写真に写ってるのって久保に似てない?」と写真を渡すと「うん。似てる…」と茶封筒を見ながら呟いた。
「下河優子…。下河? あぁ。でも何で…」
「何だよ。一人で納得すんなよ」
「たぶんそれお婆ちゃんだと思う」
「お婆ちゃん?」
「うん。若い頃私とそっくりな顔してたって聞いた事あるし、この辺住んでたらしいし…」
「そうなんだ…。この写真その人に届けたいんだけど…」
 何故か、どうしても自分で渡さなきゃいけない気がした。
「ん…うん。今市内の老人ホームに居るし、良いよ、会わせてあげる。いつが良い?」
「これからじゃダメかな?」
「もうお客さん来る予定無いの?」
「たぶん。四時で閉館だから、あと五分」
「分かった良いよ」

 老人ホーム内。
 白を基調とした空間の一室のドアを開けた。
 目の前にいる寝たきりのやせ細ったお婆さんは僕を見て「こんにちは」と言い久保を見て「あかねちゃんの彼氏?」と軽く口の端を持ち上げしわくちゃな笑みを見せた。
 久保は「違うよお婆ちゃん。友達だってー」と顔を赤らめ笑った。
 その二人の笑顔はとても良く似ていた。
「こんにちは。僕は泉と言います。あかねさんとは中学の同級生です。で、僕の祖父花村源一郎と言う人何ですがご存じですよね」
 「えぇ。懐かしいわ。へぇ花村君のー。通りで似てるわねー。目の辺りなんて特に…」と懐かしむような、とても優しい顔をしていた。
「へー、そー、花村君はお元気?」
「祖父は十日前亡くなりました」
 「そう。残念ねー」と今にも泣き出しそうな顔になった。
「それで、祖父の店を片付けていたら写真が見つかったんです」
 僕は茶封筒から写真を取り出し渡した。
「懐かしい…この写真ずっとあきらめてたのよ。当時急に引っ越しが決まって…。でも良かった。ありがとうね。ありがとう…」
 その写真を見つめながら、しわだらけの頬を涙が伝い落ちた。
 久保を見ると軽く口の端を持ち上げていた。
 じーさんとこの人との間に何があったのか、友達だったのか、恋人だったのか、分からないがやっぱりあの店は閉めちゃいけない気がした。

 僕は家に帰り家族の前で「俺あの店継ぎたい」と言ってみた。

 ≪ end ≫


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