短編小説【薄れ行く記憶】
日に日に薄れ行く記憶の中で思うんだ。
僕は彼女を愛していた。
だから冗談みたいに素直に言えるんだ。
本当に彼女が好きだったと…。
ヒトの記憶は本人の都合よく『作り直された記憶』と、
経験して得る、つまり自分で『作り出す記憶』があるという。
じゃ、これは僕が作り直した記憶なのかな…。
あの日は…高校の放課後…教室で…。
綺麗なオレンジ色の夕日を見た。
確か誰かと一緒だった気がする。
誰だったかな…。
確か、夕日を背に僕に微笑みかけるポニーテールの少女が居たような…。
でも夕日を背にしてるから少女の顔何てはっきりしないのに、僕にはそれがあの頃僕が恋い焦がれていたあの娘なんじゃないかと思ってる。
確信的に。
たぶんこの部分が僕にとって都合の良いように作り直された記憶だと思う。
だって当時僕は彼女が好きだったけど、同じクラスなのに一度も喋った事が無かった。
それどころか彼女は僕の名前さえ知らないかも知れない。
そんな関係の僕と彼女が教室で一緒に居る何て有り得ない…。
僕は春の陽射しのような暖かく明るい気がして重い瞼を持ち上げるとオレンジ色の夕日が目の前に広がっていた。
眩しくて目をつむりたいのに、何故か一度閉じたらもう見られない気がして精一杯目を開けて一心に夕日を見つめながら、周りで誰かが何かを言ってる気がしてそちらを見ると少しだけ老いた彼女が笑っていた。
これもきっと僕が作り直した記憶だ。
でも嬉しいな、彼女が僕の手を握ってくれてるなんて…。
僕は彼女の顔を見つめながら眩しくて開けてられない瞼をゆっくりと閉じた。
一瞬暗闇になったが急に明るくなった…。
…そうか、思い出した。
あの日、夕日を見たのは音楽室でだ。
写真部だった僕は誰も居なくなった校内を歩きながら写真を撮っているとピアノの音が聞こえて来て、扉が開いたままの音楽室を覗くと綺麗な夕日を背に彼女が一人でピアノを弾いていた。
その情景があまりにも綺麗でそれを写真に収める事もせず、ただ突っ立っていた。
曲名何て知らないけど、聞いた事のある曲だった。
そんな僕の視線に気づいたのか彼女は僕に気づくと夕日を背に少し驚き微笑んだ。
確か、その顔を写真に撮ったはずだけど何処へしまったかな…。
ピーーー。
甲高い機械音が病室に鳴り響き「さよなら、あなた…。あの写真大切にするからね…」と老婆はベッドに横たわる老父の手をしっかり握り締め耳元で囁いた。
≪ end ≫
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※ 友人のサイトで、『文色(あやいろ)-ayairo.net-』というオリジナルボイスドラマを制作、公開してるサイトがあったのですが、そこでこの『薄れ行く記憶』がボイスドラマとして公開していました。今現在、文色はありません…。