「剔抉」 古野まほろ『公安警察』:創作のためのボキャブラ講義45

本日のテーマ

題材

 無論、検察官には警察官同様の捜査権限がありますし、よっていわゆる「独自捜査」(検察官が自ら事件を認知し、自ら全ての証拠を収集し、当然起訴事件とする捜査)を行い得ますし行いますが、実際上その主力は右の「特別刑事部」とあと有名な「特別捜査部」(特捜部。有名な東京地検特捜部など)であり、ましてそれらの主たる目的は、報道等で周知のとおり汚職、企業犯罪といった政治上・経済上の巨悪の剔抉てっけつ(=えぐりだし)であって、まさかテロ・ゲリラ等ではありません。

(第1章 「公安」概論)

意味

剔抉 てっけつ
 えぐり出すこと。特に悪事などを暴くこと。


解説

作品解説

 ミステリ作家であり、その衒学的な文体に特徴があるとされるのが古野まほろである。氏の作品として有名どころは『天帝』シリーズや『セーラー服と黙示録』シリーズなどだが、新書でもいくつか著書がある。それらは驚くなかれ、警察組織に関係するものなのだ。

 というのも古野まほろは元警察官で警察官僚。今手元にあるまさに『公安警察』の著者略歴を見るに東大法学部卒のバリバリエリート官僚である。そんな氏は新書で警察の組織について詳細に記しており、複雑怪奇な警察組織の実態を理解するのにかなり役立つ。元警察官だけあり内部を知る者だから書ける実態論から、警察組織の在り方を記した法律からの読み解きによる組織論のふたつをどちらも詳述している。ゴシップ的興味を満たす虚実入り混じるようなものではなく、明朗に警察を知ることができる新書なのだ。

 本筋から離れるので氏の新書については後にまとめるとして、今回取り上げるのが『公安警察』。あの公安についての実態を記したものだ。警察においても特に野次馬根性、陰謀論、妄想悲喜こもごもで語られる組織について、これもきわめて的確かつ詳細に記されている。警察を舞台にする小説を書くなら古野まほろの著書は一通りそろえていいレベルだ。新書だから揃えても置き場には困らない。

 今回題材となった場面は「公安」という組織の概観。一般的に語られる「公安」あるいは「公安警察」という言葉は、警察用語や法律上の表記ともまた微妙に異なるようだ。そこでまず「公安」と看板にある6つの組織、つまり「国家公安委員会」「都道府県公安委員会」「警視庁公安部」「公安調査庁」「各級検察庁の公安部」について、どれが一般的な「公安」に近いのか、その内実を簡単に明かしている。

 さてその内、最後の「各級検察庁の公安部」を取り上げたのが題材の部分だが、これは一般に言う「公安」の仕事を「実施する権限があるものの、実際には実施していない/実施できない状況にある」と著者は考えている。その理由はいくつかあるが、言ってしまえば昭和をピークに公安が担当するような事件が減り、公安部のマンパワーも減らされ仕事が満足にできる状態ではない。さらに検察は事件の起訴が主な仕事で捜査は警察の仕事なので、法律上の権限はあるとしても、捜査はあくまで警察の領分だという考え方があるようだ。

古野まほろの警察新書

 『公安警察』はファクトベースの詳述によって摩訶不思議な陰謀論的公安を解体し、読者の霧を晴らすような書籍だ。一方、著者もおそらく古巣の警察についてあまり悪く言えないことは分かっているだろう。また組織について「こうなっている」という事実ベースでいくら語っても、「いやそれはけっこう際どいな?」と思われることもある。結果、公安について事実認識をあらためたとしても、公安を「安心安全な組織だ!」とはまったく思えないという奇妙なプラマイゼロを経験することになる。

 ともあれ、古野まほろの新書は調べてみると意外に膨大だ。警察の不祥事について、特に大きく警察学校でも扱われるようになったほどの事例四選を収めた『残念な警察官』。複雑な警察官の職務と階級が明確に分かる『警察の階級』などは特に進めておきたい。

作品情報

古野まほろ『公安警察』(2023年3月 祥伝社)


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