ツーベースヒット
私の実家には、リビングの広さと不釣り合いなほどの、大きな大きなテレビがある。映画好きの両親が、家でも映画を大画面で見れるようにと張り切って買ったものだ。そのテレビがうちにやってきたのは、私が大学2年生くらいのことだった。
電気屋さんがやって来て、テレビの設置を終えて帰った後、「せっかくだから」と過去に撮影したホームビデオをその大画面で観ようということになった。
私はそのときに初めて、自分の中学時代の部活の試合を見ることになる。というのも、私は野球部に所属していたが、8番バッター、ポジションはライト。打順から容易に想像がつくように、打率が低く、ホームランはもとより、普通のヒットもなかなか打てないような選手だった。
だから父が試合を見に来てくれて、ビデオを撮っていたことを知っていても、それを家で見ようという気にはならなかったのだ。
自分が凡打する姿をみんなで見るのは気が進むものではなかったが、「もう時効だろう」とその日は初めてまともに中学時代の試合映像を見た。
当時すごく体が大きいと思って見ていたエースピッチャーの友人や、大人びて見えていた4番バッターの友人が、今見てみると幼さがにじむ中学生の姿だったので、当時の自分が抱いていた感覚とのギャップで不思議な気分になった。
8番ライトの私はといば、案の定、キャッチャーフライやショートゴロ、たまに送りバントを決めるといった具合で、私の抱いていたイメージとおおよそ変わらなかった。
しかし、私がヒットを打つシーンもしっかりとカメラは捉えていたのだ!!(珍しい自然現象みたいに言うな)。
ノーアウト、ランナーなし。ノーストライクツーボール。映像には「ストライク取りに来るぞ。次の球を狙え」とつぶやく父の声が入っていた。父の言葉通り、甘く入ってきたストレートを僕のスイングが捉え、打球は「これぐらい前来ててもええやろ」とおそらくのんきに構えていたレフトの頭を超えた。
ビデオはなんとかそこまではちゃんと撮れていたが、ヒットになったと分かった瞬間から、大喜びする母の声と拍手の音、「回れ回れ!二塁まで!」と父の動きと一緒にグルんグルんとぶれまくれる映像で、見るに堪えないものになっていた。
2人の喜びようは、サヨナラホームランが飛び出したかのような大きなものであった。
私は、両親がただのツーベースヒットでこんなに喜んでいたのだと、この時映像を見て初めて知った。「自分のヒットがそんなに珍しいものなのか」と不甲斐なく思うと同時に、なんだかすごく嬉しくて、まともに映像を見られなくなったのを覚えている。
母は、中学時代の私の試合をほぼ全試合見に来ていた。「そんなに野球に詳しいわけでもないのに、毎試合見に来て楽しいのかな」なんて考えていたが、ビデオを見てその謎が解けた気がした。
父は、学生時代に自分も野球をしていたらしい。中学時代はエースで4番。チームの大黒柱だった。それなのに自分の息子が8番バッターなんて「残念に思ってるだろうな」と想像していたが、それもまた、私の考えすぎだったのだと分かった。
「大袈裟だ」「親バカだ」と言われればそれまでなのかもしれない。しかし、いい大人が2人で大喜びする姿は、私にとってすごく心強いものだった。
先日、私は結婚式を挙げた。
両親にとって期待通りの息子であったかは分からないが、素晴らしい人に出会い、最高の日を迎えることができた。結婚式の本番までは、ありとあらゆる準備で本当にバタバタした。
時間をかけて、私たちなりに一生懸命用意したが、お金がいくらでもかけられるわけではないので、ホームランのように華々しく、大それた式や披露宴ではなかっただろう。もしかしたら、ただのツーベースヒットくらいだったかもしれない。それでも、この結婚式を誰が1番喜んでくれていたのか、私は知っている。