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イヤな奴らを一網打尽にしたい。
食事のマナーが悪い人に出くわすと、本当に食欲を削がれてしまう。
(わざと)クチャクチャ音を立てて食べる、携帯を片手に食べている…etc
ただ、マナーが悪いとはいえ、法を犯したりしているわけではないから、自分が注意するのも変なのだろう、と溜飲を下げることが多い。
「ここで注意して更生させよう」というよりも、「そのマナーのまま今後も過ごして、どこかで失態を犯してくれ」と思ってしまう。
つい先日、お夜食を食べようとあるお店に入ったときのこと。
自分がカウンター席についていると、隣の席にも人が来た。
自分より、10~20歳ぐらい年上とおぼしき男性。
バイトとおぼしき若い店員さんがオーダーを取りに来たところで、その人が話す。
「○○定食ひとつ。…で、この半熟卵はよく煮てくれない?」
(書き言葉じゃ伝わらないと思うけど)ものすごく上から目線のタメ口…。
特別なオーダーまで頼んでいるのに、まるでやってもらうのが当然といった素振りでいる。
オーダーを終えたところで、その人に電話がかかってきたようだった。
話すためか、いったん外に出た。
「すいません、ここ置く用のアクリル板ってありますか?」
近くに居た店員さんに声をかける。
隣席との間にアクリル板が無いことに気づき、用意してもらうようにした。
飛沫防止、というよりも、その人と心理的距離を取るためのモノが欲しかった。
アクリル板さえあれば、まだ耐えられると思っていた。
—この時までは。
隣の席の人が外から戻ってきた。
先ほどの電話が終わったのだろうか。
…終わっていなかった。
隣の席についたまま、今度は自分から電話をかけ出した。
このお店は、ワイガヤで楽しめるお店、というよりは、静かで落ち着く中でしっぽりと食事をするお店、だと思っていた。
そんな空間に、隣から、またまた上から目線の話し口調が響いている。
そもそも、食事をする場に仕事なんか持ち込むんじゃない、と思った。
作ってくれた人にも失礼だし、食事だけを楽しもうという気概がない人は個人的にどうも苦手である。
そんなに仕事の電話をしないといけないなら、また一旦外に出ればいいのに、なぜ食事をする場に留まるんだろう。
どんな面をしている奴なのかちゃんと見てやろうと思い、隣の席に目を向けた。
すると、電話を続けるそいつの向こう側に、付け合わせを持ってきた若い店員さんが立っていた。
オーダーの品を置きたいのに、ずっと電話越しで喋っている、しかも全く気付いていないから置くこともできない。
自分より年下とおぼしき店員さんの、困ったような表情が忘れられない。
僅か数十秒程度だったと思うが、その光景は何十分も続いていたように感じられた。
ようやく電話が終わって、付け合わせの品がそいつの元に届く。
付け合わせに手を付けだすそいつ。
…コイツクチャラーかよ!!
自分の中の「イヤな奴発見レーダー」が、轟音を立てている。
その後、メインの定食がそいつのもとに届く。
中央には、よく煮込んでと注文をつけた半熟卵がのっている。
一口食べ終わったか分からないくらいのタイミングで、そいつがまた店員さんを呼びつける。
「これさぁ、卵全然煮えてないんだよね。作り直して。」
いま思い返しながらこの記事を書いていても、当時のイラつきが如実に思い出される。
これだけ厚顔無恥に悪態をついておいて、さらにまだそんな偉そうに「作り直せ」ってよく言えるね?
別に、卵をよく煮ろという特殊オーダーが悪いわけでも、作り直しを要求することが悪いわけでもない。
もし仮にそいつが卵アレルギーか何かで、よく火を通さないと食べられないといった事情があれば、そうしたお願い事もあってしかるべきだと思う。
自分より年上のいい大人が、自分より若い店員さんにまともな態度をとれていないこと。
そこに一番腹が立っていた。
敬語を使えない。オーダーが届いても無視。作り直しも当たり前のことのように要求する。
オーダーを取りにくる店員さんがみんな若いことにかこつけて、舐めた態度をとっているようにしか見えなかった。
第一、そんなに大切なことなら、最初から「黄身が固まるまで」とか、所望の加減をちゃんと伝えておけ。
ほどなくして、自分の元にもオーダーしていた品が届く。
実は、わりと行きつけにしているお店だったので、味のほうはマイミシュランお墨付きという感じなのだが、「美味しい!」とは思えても、どこか満足しきれないものがあった。
頑張って下げていた溜飲が、胃の中で暴れている。
「作り直しまでしてもらったんだから、ちゃんと『ありがとうございます』ぐらい言ったほうがいいんじゃないですか」
食べ終わって席を立つ際、作り直してもらった定食を、相変わらずクチャクチャ音を立てて貪るそいつの姿を見て、そんな言葉が喉元からぽろっと出そうになる。
ただ、客同士が揉めてもかえって迷惑をかけるだけかもしれない…
そんな理由をつけてグッとこらえた。
今自分にできることは、コイツの姿をよく脳裏に焼きつけて、反面教師にすることぐらいだった。
お会計。
「ああいうお客さんいると大変ですよね、僕は美味しかったと思うんでこれからも頑張ってください」
そんな気の利いた一言でもかけられたら、と思った。
だが、レジからアイツの距離までが少し近いことと、会計してくれた店員さんがまた別の人だったこともあって、そんな言葉もグッと飲み込んだ。
お腹に何か溜まっている気がするのは、きっと食事をしたことによるものだけではない。
お店を出て、駅までの道のりを歩く。
そして、ふと思う。
別にあの場で自分が注意しても、さほど揉め事にならなかったんじゃね?
夕闇を帯びた街中のショーウィンドウが鏡となり、自分の姿形を映す。
お世辞にも高身長とは言えないが、それなりに恰幅のあるガタイ。
パーマを当てて少し変色した髪。
無精髭。
仕事などを通して、それなりに世の中を見てきたような顔つき(そんなこと自分から言うな)―。
マナーが悪くても、法を犯しているわけではないから、自分が注意するのも変だと思っていた。
ただ、あの時あの空間には、あいつのせいで困惑していた、自分より若い店員さんがいた。
法に従うだけでは、どうにもならないモノもある。
そして、今の自分はもう、自分のもつ基準に従って、『正しくない』と思えることは指摘できないといけない立場だと思った。
ここでこんなことを書いたところで、何も変わらない。
今でもあの客に対しては、そのマナーのまま今後も過ごして、どこかで失態を犯してくれと思っている。
そして、同じほどに辛辣な目線を、あの時誰にも何も言えなかった自分の不甲斐なさと、こうして1記事のネタにすることでしか気を晴らせない自分のみっともなさに対して向けている。