失せ物注意。
「忘れ物はよくするほうですか?」
と聞かれたら、きっと「はい」と答えることになるだろう。
昔から忘れ物をすることが多く、なかなか直せないことが悩みだったりする。
たとえば、財布。
先日、美容院に行ったときのこと。
いま住んでいる家から最寄り駅までは、自転車で15分ほど。最寄り駅から美容院のある駅までは、電車で10分ほど。電車を降りたら美容院までは徒歩5分ほど。
だから、予約の30分ほど前に家を出れば十分間に合うだろうと思い、自転車を走らせて最寄り駅まで向かった。最寄り駅の改札前まで来て、カバンを開けて気づく。
…財布が入っていない。
いつも入れているのとは別のポケットにでも入れたのか?と、あちこちまさぐってみるが、どこにも無い。ジーパンのポケットにも入っていない。どうやら家に忘れてきてしまったようだ。
美容院には予約変更の電話を入れて、猛ダッシュで自転車を走らせて自宅まで引き返す。カバンの中に入れたと思い込んでいた財布は、自宅のパソコン横にデデーンと横たえられていた。
何故、自宅を出る前に持ち物確認をしなかったのか。道中の交差点で信号待ちしているときにでも、「そういえば財布入れてきたっけ」と思って確認していればここまで遅れることはなかったのに。
結局、自宅と最寄り駅の往復を1セット多くこなし、美容院に向かった。予約変更後の時間でも、なんとかカットはしてもらえた。
たとえば、帽子。
先日、友人さんたちと突発的に会う機会があった。たまたま出先近くのエリアにいた友人さんと、連絡したら来てくれた友人さんと、自分の3人で。
そのまま晩飯もご一緒できることになった。久々に会ったこともあり、結構話しこんでしまった。
余韻冷めやらず、お店を出た後も、すぐ隣のコンビニで飲み物でも買って、散歩がてら最寄り駅まで飲みながら向かおうということになった。
コンビニで買い出しを終えて外に出ると、先程まで居たお店の店員さんがそこにいた。手元に持っていたのは、自分がその日被っていた帽子…。
「あっすいません、たぶんそれ自分のです!」
「!?おぉよかった、座席の荷物入れに入れっぱなしになっていましたよー」
店員さんに声をかけると、自分の顔を覚えてくれていたのか、すぐさま帽子を自分に渡してくれた。確か、数年前夏フェスに行くときに、熱中症対策のために買ったモノ。その後もいくつかのフェスやライブに行く際に被っていった、思い入れのあるモノ…。
それなのに、うっかり忘れてきてしまった。店員さんがわざわざ外まで出てきてくれなければ、きっと忘れたままになっていたかもしれない。
たとえば、Wi-Fiルーター。
数か月前に、飛行機を使って旅行に行ったことがあった。行きの便の中では、読書したり、そろそろ賞味期限が切れかけで食べないといけないお菓子を食べたり、自前のイヤホンで機内の有線放送を聴いたり…。とにかく、鞄の中の色んなモノをいったん出してから過ごしていた。
目的地の空港に着陸。ひととおり片付けて、機内から出る。取り急ぎ、スマートフォンを起動する。スマートフォンの回線はWi-Fiルーターのモノを使っているので、ルーターも併せて起動しようとした。
…ルーターが見つからない。
カバンの中から出てこない。機内に持ち込んだことははっきり覚えているので、忘れ物として届いていないかを空港のCAさんに確認。ここで見つかるだろう、と確信していたが「現在そのようなモノは届いておりません」とのことだった。
刹那、目の前が真っ暗になる。今回は本当に無くしてしまったのか…???リモートで勤務する際にも使っているルーターのため、旅先から戻って勤務する際にも支障が出てしまう。
あれこれ考えていると、CAさんが、その便が現在東京まで引き返しているので、東京に着いたら調べてもらうよう連絡しておきます、と言ってくれた。まさしく「渡りに船」といった状況。
その後、東京のほうでWi-Fiルーターが見つかったと連絡を頂き、旅を終えて東京に戻った時に無事に引き取れた。スマートフォンも、キャリア回線やホテルのWi-Fiを駆使して、旅先での調べ物はなんとかなった。
なぜ、こんなにも忘れ物ばかりしてしまうのか。
原因は自覚していて、「一度決めた物の置き場を守れない」ことと、「必要以上に物を持ちすぎている」から。
物を持ちすぎていることはともかく、一度決めた物の置き場を守れないのは、(自分の場合は)単にだらしないだけという自覚もあるので、なぜ直せないのだろうと内心腹立たしいこともある。
でも、ここまでの出来事を振り返ってみると、最終的に「なんとかなっている」ことばかりだな、とも思う。
財布の件も、美容院に迷惑をかけてしまったことは申し訳なく思うけど、無くしてしまったわけではないし、帽子やWi-Fiルーターも、最終的には自分の手元に戻ってきている。
特に、Wi-Fiルーターは置き忘れた便が再度、自分の住む東京に戻ってくれたことが本当に幸いで、これが沖縄や北海道行きの便だったらもっと大変なことになっていたかもしれない。
「なんとかなっている」背景にはそうした運の良さと、なにより親切に対応してくれた人たちの存在があったのだな、とこの記事を書きながら改めて感じた。突然の予約変更にも応じてくれた美容師さん、わざわざ帽子を持って外に出てきてくれた店員さん、他の空港にもWi-Fiルーターの捜索を掛け合ってくれたCAさん…。もっとお礼を言うべきだったと内省している。
だから、この記事の締め方も、きっとなんとかなるからだらしなく生きようぜ!なんて他の人の親切にふんぞり返る形ではなく、自分が逆の立場になったときは親切にすべきだと改めて感じました、という形にしたいと思う。